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奥の細道【現代語訳#9】雲岩寺

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プロフィール帳

『奥の細道』

時代:江戸

作者:松尾芭蕉

概要:自然や歴史、人の営みの美しさを見出した、東北・北陸を巡る紀行文学

9

オススメ度

7

日探重要度

5

文量

5

読解難易度

 

登場する場所

番号と対応した地図です。東北地方の名所は頻繁に立ち寄っていることが分かります。

9『雲岩寺』では、

14 雲岩寺

が該当します。

原文

当国雲岩寺のおくに仏頂和尚山居跡あり

竪横の五尺にたらぬ草の庵むすぶもくやし雨なかりせばと松の炭して岩に書付侍り

といつぞや聞え給ふ

其跡みんと雲岩寺に杖を曳ば人々すすんで共にいざなひ

若き人おほく道のほど打さはぎておぼえず彼麓に到る

山はおくあるけしきにて谷道遥に松杉黒く苔しただりて卯月の天今猶寒し

十景尽る所橋をわたつて山門に入

さてかの跡はいづくのほどにや

と後の山によぢのぼれば石上の小庵岩窟にむすびかけたり

妙禅師の死関法雲法師の石室をみるがごとし

木啄も 庵はやぶらず 夏木立

ととりあへぬ一句を柱に残侍し

現代語訳

この下野国にある雲巌寺(現栃木県大田原市)の奥に、我が師、仏頂和尚の山居の跡がある。

とらちゃ
とらちゃ

仏頂和尚 (ぶっちょうおしょう) は、雲巌寺の第21世住職で、松尾芭蕉はこの2年前(1687)、当時、根本寺(現茨城県鹿嶋市)にいた仏頂和尚のもとへ、門人の曾良と宗波とともに訪ねた過去があります。

「『縦横の 五尺に足らぬ 草の庵 結ぶも悔し 雨なかりせば(雨があるから、五尺ほどの小さなものでも、草庵は作らないといけない。行雲流水の身だというのに)』と、松炭で岩に書きつけましてな。」

と、いつであったか、そう仰っていた。

その跡を見ようと雲巌寺へ杖ついて向かえば、人々が喜んで参詣に誘い合っているようで、若い人も多く、道中賑やかだったので、知らぬ間にその麓に着いていた。

山は奥深いようで、谷沿いの道は遥かに続き、松や杉は黒く苔生して、雫が滴っていた。四月の空は今なお寒い。雲巌寺の十景が尽きる所に架かる橋を渡って山門に入った。

とらちゃ
とらちゃ

雲巌寺十景:「霊石の竹林」「海岸閣」「十梅林」「龍雲洞」「玉几峰」「鉢盂峰」「玲瓏岩」「千丈岩」「飛雪亭」「水分石」

「さて、かの跡はどのあたりだろうか。」

と、後ろの山によじ登れば、岩の上に小さな庵があり、岩窟に結ばれていた。

原妙禅師(宋の時代の禅僧)が座禅に籠もった死関の洞窟や、法雲法師(梁の時代の高僧)が庵を結んだ石室(ここでは岩窟の意か)を見る思いであった。

木啄も 庵は破らず 夏木立

静かな夏の木々の中で、キツツキの音がする。

そんなキツツキでも、この庵はつつかないのだな。

仏頂和尚の尊さを分かっているではないか。

と、即興の一句を庵の柱に残した。

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