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奥の細道【現代語訳#10】殺生岩・遊行柳

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プロフィール帳

『奥の細道』

時代:江戸

作者:松尾芭蕉

概要:自然や歴史、人の営みの美しさを見出した、東北・北陸を巡る紀行文学

9

オススメ度

7

日探重要度

5

文量

5

読解難易度

 

登場する場所

番号と対応した地図です。東北地方の名所は頻繁に立ち寄っていることが分かります。

10『殺生岩・遊行柳』では、

15 殺生石

が該当します。

原文

是より殺生石に行

館代より馬にて送らる

此口付のをのこ

短冊得させよ

と乞

やさしき事を望侍るものかな

野を横に 馬牽むけよ ほととぎす

殺生石は温泉の出る山陰にあり

石の毒気いまだほろびず蜂蝶のたぐひ真砂の色の見えぬほどかさなり死す

又清水ながるるの柳は蘆野の里にありて田の畔に残る

此所の郡守戸部某の

此柳みせばや

など折々にの給ひ聞え給ふを

いづくのほどにや

と思ひしを今日此柳のかげにこそ立より侍つれ

田一枚 植て立去る 柳かな

現代語訳

ここ黒羽から殺生石(那須温泉にある石)へ向かった。

館代に馬で送ってもらった。

この馬の口取の男が、「句を詠んだ短冊をいただけませんか。」と乞うてきた。

殊勝なことを望むものだな、と思い、

野を横に 馬牽き向けよ ほととぎす

野を歩く我々の横から、ホトトギスの鳴き声がした。

馬引き(乞うてきたお前)よ、殊勝な心を持つ風流人なら、そちらを向くのだ。

殺生石は、温泉が湧く山の裏手にあった。

石の毒気はいまだ衰えず、蜂や蝶の類が、砂の色も見えないほど重なって死んでる。

また、西行法師が詠んだ

道の辺に 清水流るる 柳陰

暫しとてこそ 立ち止まりつれ

道の途中、清水が流れている傍に柳の小陰があった。

少しそこで休もうと思ったら、長居してしまったよ。

の情景のような柳が、那須の蘆野の里にあって、田のあぜに陰を残していた。

とらちゃ
とらちゃ

蘆野の里は、戦国時代にも活躍した蘆野氏の本拠地です。江戸時代には宿場町として栄えました。

この地の郡守(領主のうち、幕府直轄地(天領)の領主を指す)戸部某という者が、

「その柳をお見せしたいのですよ。」

などと、折々仰っていたのを思い出し、

「どのあたりだろうか。」

と思っていたわけだが、ついい今日、その柳の陰に立ち寄ることができた。

田一枚 植えて立ち去る 柳かな

西行のように長居してしまった。

気づいた時には、農夫らは田一枚植え終えてるではないか。

我に返って、立ち去ったよ。

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