奥の細道【マップ付き!分かりやすい現代語訳#39】山中
登場する場所
番号と対応した地図です。東北地方の名所は頻繁に立ち寄っていることが分かります。
39『山中』では、
107 山中
が該当します。
原文
温泉に浴す
其効有明に次と云
山中や菊はたをらぬ湯の匂
あるじとする物は久米之助とていまだ小童也
かれが父誹諧を好み洛の貞室若輩のむかし爰に来りし比
風雅に辱しめられて洛に帰て貞徳の門人となつて世にしらる
功名の後此一村判詞の料を請ずと云
今更むかし語とはなりぬ
曾良は腹を病て伊勢の国長島と云所にゆかりあれば先立て行に
行々てたふれ伏とも萩の原
曾良
と書置たり
行ものの悲しみ残もののうらみ隻鳧のわかれて雲にまよふがごとし
予も又
今日よりや書付消さん笠の露
現代語訳
温泉につかった。その効果は有馬温泉に次ぐという。
有明は有馬の誤りです。「馬」の草書体が「明」の草書体に似ていたことが原因とされています。
山中や 菊はたをらぬ 湯の匂
長寿の薬とされる菊の花をわざわざ折って飲まなくても、この山中温泉では、それに引けを取らない香りが漂っているよ。
ここの主人は久米之助といって、まだ小童(こわっぱ)である。
京の安原貞室がまだ若かった頃、彼の父、泉屋又兵衛の誹諧を好み、ここに来ていたことがある。
安原貞室は、芭蕉より34歳年上です。貞室は、又兵衛の俳風に影響を受けていました。
その時、貞室は又兵衛の俳諧の風雅さに感動したと同時に己の俳諧に恥しさを感じたため、京へ帰ってから松永貞徳の門人となった。
世に知られるようになったのは、それからである。
名を成した後、この村から来た歌だけは判詞(はんし。歌の評価文)の依頼料を取らなかったという。
今となっては、もう昔話となってしまった。
曾良が腹を病んだことをきっかけに、伊勢国の長島という所に親類がいるということで、曾良だけ先に発つことになった。
曾良
行々て たふれ伏とも 萩の原
行けるところまで行って、たとえ倒れ伏してしまっても、倒れたその場所が萩咲く野原であれば思い残すことは無い。
萩は秋の季語で、儚さを象徴する花です。
と、曾良が書き置いた。
行く者の悲しみ、残る者の無念さは、別れた隻鳧(せきふ。つがいでいたのに片方とはぐれて一羽になった鴨)が雲中で行く先に迷うようであった。
私もまた詠んだ。
今日よりや 書付消さん 笠の露
今日から笠に書いておいた『同行二人』の文字を、露(涙)で消そう。
曾良が詠んだ「萩」の葉に乗っている露 になぞらえています。
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