登場する場所
番号と対応した地図です。東北地方の名所は頻繁に立ち寄っていることが分かります。
6『日光』では、
7 日光東照宮
8 句碑|あら尊と
が該当します。
原文
卯月朔日御山に詣拝す
往昔此御山を二荒山と書しを空海大師開基の時日光と改給ふ
千歳未来をさとり給ふにや
今この御光一天にかかやきて恩沢八荒にあふれ四民安堵の栖穏かなり
猶憚多くて筆をさし置ぬ
あらたふと 青葉若葉の 日の光
黒髪山は霞かかりて雪いまだ白し
曾良 剃捨て 黒髪山に 衣更
曾良は河合氏にして惣五郎と云へり
芭蕉の下葉に軒をならべて予が薪水の労をたすく
このたび松しま象潟の眺共にせん事を悦び且は羈旅の難をいたはらんと
旅立暁髪を剃て墨染にさまをかへ
惣五を改て宗悟とす
仍て黒髪山の句有衣更の二字力ありてきこゆ
二十余丁山を登つて滝有
岩洞の頂より飛流して百尺千岩の碧潭に落たり
岩窟に身をひそめ入て滝の裏よりみれば
うらみの滝と申伝へ侍る也
暫時は 滝に籠るや 夏の初
現代語訳
4月1日、御山(日光山)に参拝した。
その昔、この御山を「二荒山(ふたらさん)」と書いてあったのを、空海大師が開基(かいき。寺院創建のために、資金や土地などを提供すること)した延暦年間に開山した折、『日光』と改められた。
日光の開基は勝道で、中禅寺などを創建しました。
「二荒(にこう)」→「日光(にっこう)」という訛り説があります。
空海だと間違えた理由は、空海が日光に登山した際、瀧尾権現を納めたためだからでしょう。
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千年後の未来を予見なさっていたのだろうか。
今、徳川大権現を祀る東照宮の御光は一天に輝き、その恩沢は八荒(はっこう広く溢れる様)し、人民の暮らしは安堵平穏である。
なお、拙筆で書き連ねるには憚ること多いので、ここで筆を置いた。
あら尊と 青葉若葉の 日の光
ああ尊い。青葉や若葉に輝く日の光よ。
黒髪山(二荒山のこと。またの名を男体山)は、霞がかかって雪がまだ白く残っていた。
曾良
剃り捨てて 黒髪山に 衣更
黒髪山が白色に衣替えしている。
出家して剃ったのに、黒髪になってるではないか。
出家といえば、黒染の衣に着替えたな。
曾良は、姓は河合、名は惣五郎という。
深川の芭蕉庵に軒を並べ、私の薪水の労(家事のこと)を手伝ってくれていた。
この度、松島と象潟(現秋田県由利郡。当時、松島に並んで二大景勝地であった)を眺めに、同行することを喜び、同時に、羇旅の困難を労わってくれようと、旅立ちの朝、髪を剃って墨染の衣に姿を変え、惣五を改めて宗悟とした。
それ故、黒髪山の句がある「衣更」の二字は力強く聞こえる。
二十町余り山を登ると滝があった。岩洞の頂から飛流し、百尺千岩の碧潭(青い水をたたえた淵)に落ちている。
岩窟に身を潜めて入って滝の裏から見ることができることから、『裏見の滝』と言い伝えられている。
しばらくは 滝に籠もるや 夏の初め
夏の初め。涼しいから、しばらく滝に籠るよ。季節は移ろったなあ。
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