プロフィール帳

『世間胸算用』

時代:江戸

作者:井原西鶴

概要:大坂の生活がよく見て取れる、処世術を記した本。

8

オススメ度

3

日探重要度

6

文量

7

読解難易度

 

現代語訳

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マメな男

ずいぶんとマメな性格の男がいた。

毎年の煤払い(年末の大掃除)は12月13日と決めていた人である。

また、祝い物として貰った旦那寺(菩提寺)の月数の笹竹12本も効率良く使う。幹は煤を払った後に取葺屋根(粗末な葺き方をした屋根)の押さえ竹として、枝は縛って箒として用い、その上塵も埃も捨てないという人である。

昨年の12月13日は忙しかったため、大晦日に煤払いをして、年に一度の湯沸かし風呂に入ったのだが、この時に使った薪というのは、『これは湯沸かしに使えるに違いない』ということで、5月のちまきのカラや、盆の蓮の葉に至るまで段々貯めておいてたゴミの数々である。

このように小さいことにまで気を付けている男である。生きるのに必要な出費までも事細かに詮索して、極めつけには利発顔でいる。

マメな男の母

母は、屋敷の裏に、隠居を建てて住んでいた。

この男を産み落とした生母であるから、当然そのマメっぷりは凄まじい。

塗下駄(女性の履く下駄)の片足を風呂を沸かすときの薪代わりに使う時、つくづくと昔のことを思い出し、

「ほんとうに、この木履(ぼくり。下駄のこと)はわしが18の時にこの家に嫁入りした時、雑長持(雑具を入れる収納箱)に入れて持ってきたものだよ。それからというもの、雨の日も雪の日も履いたというのに、下駄の歯が禿びた(ちびる。すり減るの意)だけで、もう53年じゃ。わし一代はこの片足だけで過ごそうと思っていたのに、惜しいかな。片足は野良犬に取られて中途半端な下駄になってしまった。仕方ないから、今日の煙にすることにしようかの。」

と、四度も五度も繰り言を吐いてから釜の中に投げ捨てた。

しかし、別に今一つ何やら物思いに沈むことがあったようで、ぽろぽろと涙を流して

「月日が経つのは夢のように早い。明日はあの出来事からむかはり(一周年)じゃ。本当に惜しいことをした。」

と言ってしばらく嘆き悲しみ、立ち直るのも難しそうであった。

その時、水風呂に入っていた近所の医者がこれを見て、

「まずはめでたい年の暮れです。お嘆きになるのは今は止めなされ。それにしても、今年の元日にどなたか亡くなられたのですか。」

と尋ねると、母はこう答えた。

詐欺に遭った話

「どれほどわしが愚か者であっても、人の生死でこれほど嘆くことはありませぬ。惜しく思っているのは、今年の元日に堺から妹が春の挨拶に参った時、お年玉として銀を一包みくれたのです。これが何とも嬉しくて、恵方棚(天井から吊るす神棚。恵方に向けて吊るされる)へ上げていたのですが、その日の夜に盗まれてしまったのです。さてまあ、事情を知っている者が取ったのでしょう。その後色々な願掛けを諸神にしたのですが、その効果もありませんでした。また、山伏に祈祷を頼んだところ

『この銀が七日以内に出てくるのなら、護摩壇の上の御幣が動き、燭台の明かりが次第に消えます。これが大願が成就した験です。』

と言うと、案の定、山伏の祈りの最中に御幣が揺らぎ、ともしびが微かになって消えるじゃありませんか。これは神仏の霊験が失われた時代とは思えないほど有難いことだと思い、お初尾(お賽銭)を百二十文あげて7日間待ちました。しかしこの銀は出てこないじゃありませんか。ある人にこのことを語りましたところ、

『それは盗人に追い銭(盗人に物を盗まれたうえに、さらに損害を重ねること)ってやつだな。今どき、仕掛け山伏といって、護摩壇に様々なからくりを仕掛けて人を騙す輩が増えている。例えば、白紙人形に土佐踊りをさせるといった風な。この前、松田という放下師(ほうかし。江戸時代に見られた曲芸師、手品師)がそれをやっていたんだが、皆賢すぎて信じてしまうものだから、結局婆さんはそれに近い罠にはまったのさ。その御幣が動き出したのは、立ててあった岩座(いわくら。岩の形をした御幣立て台)に壺があって、そこに生きたドジョウを入れ置いておく。そして『数珠さらさらとおしもんで、東方は降三世、南方は軍陀利夜叉、西方は大威徳、北方は金剛夜叉明王、中央は大聖不動明王のさっくにかけて・・・(謡曲『船弁慶』の一節)』と唱えながら、独鈷(どっこ)と錫杖(しゃくじょう)で仏壇に乱暴に叩きつけると、ドジョウが驚いて、壺の中を上へ下へと騒ぐんだよ。御幣の串に当たって、しばらく御幣が動くもんだから知らない人からしたら恐ろしく見えるだろうよ。燭台の明かりが消えたのは、燭台に砂時計を設置しておいて、一定時間が経つと、ろうそくの芯の油を抜き取るようになっていたのさ。』

と言われました。この話を聞いてからいよいよ損に損を重ねていたと理解しました。わしはこの年になるまで銭一文も落とさずに生活していたのに、今年の大晦日は銀が見つからないといった誤算が生じましたので、気がかりな正月となりましょう。今は何もかも面白く感じませぬ。」

人目も気にせず大声をあげて泣いたので、家の人らは皆興ざめて

「我々が疑われるなど、迷惑な話だ。」

と思い、各々心の中で

「私ではありませんから、良い年を迎えられますよう。」

と神仏に誓願したのであった。

屋根裏から見つかったお年玉

さて、おおかた煤払いも終わったので、屋根裏まで行くと、棟木の間から杉原紙(播磨国杉原村の特産品)の一包を見つけた。よくよく見ると、ご隠居の母の探していたお年玉に違いないではないか。

「人が盗んだものでなければ、必ず出てくるものなんだよ。なんとも憎い鼠だな。」

男が母にそう言うも、母はなかなか納得しなかった。

「これほど遠歩きする鼠なんて見たことが無い。頭の黒い鼠(盗人のこと。『頭の黒い』は人を表現している)の仕業だろうね。これからは油断もならないね。」

と、畳を叩いて喚いたので、薬師(医者)は水風呂から出て来て語った。

「このようなことは古代にも例がありますぞ。神武天皇から数えて37代(現代では孝徳天皇は36代。当時、神功皇后が天皇としてカウントされていたため、1代ずれる)孝徳天皇の御代の話です。大化元年(645)の大晦日に、大和国の飛鳥板蓋宮から難波国長柄豊碕宮に遷都したのですが、この時、和州(大和国)の鼠たちも宿替えを行ったといいます。

とらちゃ
とらちゃ

飛鳥板蓋宮とは、前天皇の皇極天皇の宮です。原文には「大和岡本都」とあるのですが、これは舒明天皇の宮「飛鳥岡本宮」のことであるため、誤りだと思われます。

鼠それぞれが家具を運んだという話はなんとも面白い。空いた穴を修繕した古綿、鳶から隠れる紙襖、猫に見つからないようにするための守り袋、イタチの通り道を遮るための尖った杭、升落としの罠に使う支え棒、油火を消すための板の切れ端、鰹節を引く梃子枕(てこまくら。テコの原理のてこ。梃子枕は、支点部分に使われる木)、その他、鼠の嫁入りに使われる熨斗、頭付きのごまめ(片口鰯を水洗いして干したもの)、熊野詣でに持参される小米を入れる藁苞(わらづと)まで、2日の旅路の間、これらを咥えて運んだのです。ですから、まして隠居と母屋は僅かな距離、鼠が運べないわけではないのですぞ。」

そう『年代記』を見ながら言ったが、なかなか母は納得しなかった。

「賢いようなことを仰いますが、この目で見ないことには本当だと受け入れられませぬ。」

と返されたが、どうしようもない。

なんとか案をひねり出して、長崎水右衛門が育てた、鼠使いの藤兵衛という人を雇った。

鼠使いへの「とばっちり」

藤兵衛が

「今この鼠は人の言うことを聞いて、様々な芸をします。まずは、若い者に頼まれた恋の文使いの芸。」

と言うと、鼠は封で閉じられた文を咥えて、前後を見回すと、選んだ人の袖口から文を差し込んだ。

また、藤兵衛は、銭を一文投げて

「これで餅を買ってこい。」

と言うと、鼠は支払いとして銭を置いて、餅を咥えては戻ってきた。

「どうです、どうです。婆さんよ、どうか折れてください。」

そう言うと母は

「これを見ると、鼠が包銀を持っていくのも不可能でないと分かりました。はてさて疑いは晴れましたよ。」

と言った。

がしかし

「しかしですよ、このように盗み心を持った鼠を育てているのですよね。包銀が盗まれたこの丸一年、この銀で遊んだ分の利息は必ずあなたの家から返済してくださいね。」

などと言いがかりを付けるではないか。こうして母は、利息1割5分を大晦日に受け取り、

「正月本番じゃ。」

と言って、ひとり寝をしたのであった。

まとめ

この話は、年末の煤払いをきっかけに、倹約家の親子と一匹の鼠をめぐる騒動が描かれています。

何でも無駄なく使うことを心掛けていた男の母は、正月にもらった銀のお年玉を盗まれてしまいます。そこで山伏に祈祷を頼みますが、御幣が動いたり蝋燭の火が消えたりする仕掛けに騙され、祈祷料まで失うことになりました。

ところが大晦日の煤払いで、銀は屋根裏から偶然見つかります。それでも母は「鼠が運んだ」とは納得せず、鼠使いを呼んで、本当に鼠が銀を運べるのか確かめることにします。

鼠使いが育てた鼠は、手紙を運んだり、銭を使って餅を買ってきたりする芸を披露します。これを見た母はようやく鼠の仕業であることを認めますが、今度は「そんな鼠を育てていたのだから」と鼠使いに銀の利息まで要求します。

このように「鼠の文づかひ」は、極端な倹約家の母が、盗まれたお年玉をめぐって山伏や鼠使いまで巻き込み、最後には利息まで取り立てるという、江戸時代の大坂の人々の金銭感覚を面白おかしく描いた話なのです。

倹約を徹底する一方で、疑り深く、少しでも損をすれば取り返そうとする母の姿が、この話の大きな見どころとなっています。

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