御伽草子とは?
御伽草子については、こちらで解説しています!
鉢かづきのあらすじ
舞台は河内国の交野(かたの)。裕福な夫婦がいましたが、ただ一つ、子宝に恵まれませんでした。長谷の観音に誓願し、ついに一人の姫君を授かります。
そしてある日、制約と誓約の関係で、姫君に鉢を被せることとなり、醜い子となった姫君の波乱の人生が始まるのでした。
さて、どのようなクライマックスが待っているのでしょうか・・・?ぜひ最後まで読んでみてください!
現代語訳
姫君(鉢かづき)の誕生
そう遠くない昔のことです。河内の国交野(かたの)のあたりに、備中守実高という人がいました。彼は多くの宝を所有しており、貧しさを知らないほど、財産に満ち溢れた生活を送っていました。また、詩歌や管弦遊びに心を寄せた風流人でもありました。花が散ることを悲しみ、和歌を詠み漢詩を作り、のどかな空を眺めては物思いに耽る、そんな日々を送っていました。
妻(北の御方)は『古今和歌集』『万葉集』『伊勢物語』といった数々の草紙を好んでいました。月を見ながら夜明けを迎えては、月が地に沈むのを悲しむ。そんな生活を送っていましたので、彼女に思い残すこと一つもありませんでした。そして夫婦仲も非常に良かったのでありました。鴛鴦(えんおう)のつがいを引き離すことができないように。
何不自由ない生活を送る夫婦ですが、一つだけ、深い悲しみがありました。彼らの間には子が一人もいなかったのです。2人は朝夕悲しみました。どうにかできないか。姫君を一人設けることができれば、この夫婦の喜びは言い表すことができないものとなるでしょう。こうして夫婦は観音様を深く信仰することとなり、長谷(はせ)にある観音様に参っては祈るでした。
「どうか、姫君を一人お授けください。将来の幸福があらんことを。」
その後しばらくして、この発願が叶ったのでしょう、妻は一人の姫君を生みました。
姫君が十三歳の年、母は風邪を引いてしまいました。一日、二日と過ぎるごとに容体が悪くなり、いつ亡くなってもおかしくない状態にまで悪化しました。母は姫君を傍に呼び、かんざしを撫で上げてて
「ああ無念です。十七、十八にも育てておいて。良い人と縁を結ばせて心置きなくあなたのことを見届けてから逝きたかった。まだ幼い娘を捨て置いて逝かなければならないことが、どれだけ心苦しいことか。」
と、涙を流しながら言いました。姫君も一緒に涙を流しました。
母は姫君の流れる涙をおし止め、傍にあった手箱を取り出しました。何が入っていたことか、なんとも重そうなものを姫君の髪に乗せ、その上に肩が隠れるほどの深い鉢をお被せになりました。
そして母はこう詠みます。
さしも草 深くぞ頼む 観世音 誓ひのままに いただかせぬる
この下界で生きるわたくしめは、観音様を深く頼りにしております。あの時の誓願のとおり、姫君に鉢を被せました。
このように口ずさんでは、ついに亡くなってしまったのでした。
父は非常に驚いてはお泣きになりました。
「幼い姫君を残して、行方も分からないようなところへ行くとは。どうしてこのようになってしまったのか。」
そう呟くも、どうしようもない。。。
とはいえずっとこのままでもいけません。名残惜しいこと尽きませんが、寂しい野辺にて葬りました。母の華のように美しいお姿は煙となって立ち昇り、月のように端麗な様子で宙に留まっていました。これも風に吹かれ消え失せます。華が散ったとは、なんと悲しいことか。
こうして後、父は姫君を呼んで被せられた鉢を取ろうとしますが吸いついて全く取れません。父は非常に驚きました。
「どうしたらよいものか。母上が死別してしまったことはそれとして、姫君がこのような片端(かたわ。身体的障害)になってしまったとは。嘆かわしいことだよ。」
お嘆きになること限りありませんでした。
継母のいじめ
こうして月日が流れ、死後行われる供養を執り行いましたが、母を愁う思いは姫君からまだ離れることはありませんでした。
春は軒端の梅の枝や咲いた桜、梢にまばらに見せる新芽や青葉などが見られます。季節が変わるのは名残惜しいことだと思われますが、また季節は巡り春になって咲かせます。
月は山稜に沈んで夜の闇が終わりますが、また時間は巡り夜になると現れます。
別れた人の行方は夢の中でさえも定かではありません。現実でさえ、人はいつの日のいつの暮れに別れ道を歩き始めます。ですから、この世と別れた人なんて、現実で逢うことはもうないのでしょう。
そう思うと「小車ではないが、やるせない気持ちになるよ。」と、よそ目に見ても、悲しい様子に見えたのでした。
そのうち、父の一族や親しい人々が集まって、いつまでも男一人では過ごすのも一苦労だろう、といって
「このように袖を枕にして嘆き悲しんでも、何の甲斐もないんだぞ。誰か新しく女性と出会い後妻にして、思い人との辛い別れを慰めなさいよ。」
と勧めました。
先立った妻はとにかく、その後に残り続ける悲しさを思い続けても仕方がないと思い、「ともかく、それに従いましょう。」と返事しました。
それを聞いて一門の人々は喜び合い、適当な人を捜し求めました。そして前と同じように新たに妻を迎え入れたのでした。しかしまあ、人の心というのは時が経てば移り変わるもので、それは様々な移ろいを見せる花のようなものです。
秋の紅葉が散り終わると誰も見向きしないように、父は前の妻のことを忘れたようになりました。姫君だけが亡き妻の面影を慕っており、今もなお悲しんでいます。
こうして新たな妻、つまり継母は姫君を見ては
「このような怪しい片端者がただでさえ生きづらい世の中というのに、存在していたとは。」
と思い、際限なく姫君を憎みました。
しばらくして、継母のお腹には新たにお子が一人宿りました。継母はいよいよ、
「この鉢かづき(姫君)を見ないよう、聞かないよう。」
とします。普段の振る舞いに関しても姫君に嘘を教え、日頃から父にその誤った振る舞いを告げ口します。
姫君はあまりにもいたたまれなく思うようになり、亡き母の墓へ参っては泣く泣く申し上げたのでした。
「ただでさえ辛いばかり世の中で、私は母を慕っては嘆いています。涙が川のようです。その川に沈んでも沈み切れずこうして生きながらえています。生きる意味のないわが身とは思いますが、どういう巡り合わせでしょう、よりにもよって片端者になったとは。恨めしいです。継母が私を見て恨めしく思うのもご最もです。親しかった母は私を見捨てて先立ちました。もし一人娘の私が死んだとしたら父はどれほどお嘆きになるか、そう思っては心苦しい気持ちになっていました。でも今は継母のお腹に姫君がおできになったとのことですので、私が死んでも父は思い残すことはないでしょう。継母が私を憎みますので、頼りにしていた父すら私をぞんざいに扱うのです。今は生きる意味のない辛い私の命を早く迎えに来てはくれませんか。母上、私は浄土で母上と同じ蓮の上に生まれ、来世は心安らかになりとうございます。」
と。
涙を流し想い焦がれて悲しみなさった姫君。しかし、現世を超えた悲しみに答えてくれる人はこの世にはいません。
継母はこのことを耳にしましたが、
「鉢かづきがわざわざ母の墓に参っては我々夫婦、そしてお腹にいるお子をも呪うとは恐ろしいことだ。」
といった嘘を父に話していました。真実など何一つ言いません。
そして父は娘の行動の真実も察しないで、鉢かづきを呼び出しては言います。
「鉢かづきよ。お前は道にはずれた者の心を持っているようだな。思いもせず片端となってしまったのを俺は本当に可哀そうだと思っていたのに、罪のない継母やそのお子までも呪うとは。なんともおぞましい。片端者はうちには置いておれん。どこへでも行ってしまえ。」
なんと頼りない父親でしょう。これを聞いていた継母は、そばを向いてさも嬉しそうな様子で笑ったのでした。
寄る辺なき家出
可哀そうに。姫君は、鉢は被ったまま、身につけていたものは剥ぎ取られてみすぼらしい薄着一つだけを着て、ある野の十字路で捨てられてしまいました。なんとも憐れです。
なんと辛い世の中でしょうか。どこどこへ行くというような宛てもなく闇の中を彷徨っている心地だけがして、泣く以外に何もできませんでした。
ややしばらくして、こう詠みました。
野の末の 道踏み分けて いづくとも さして行きなん 身とは思はず
今の私は、「どこどこへ行く」と言って、野原の奥まで道を踏み分けて行くような身とは思えません。
足に任せて迷いに迷って歩き、到着したのは大きな川の岸辺でした。
「どこかへ迷い歩くよりも、ここに立ち止まって川の水屑となって母のいる所へ参るほうがずっといい。」
そう思い川の端をのぞき込みました。さすがは子供の心、岸を打つ波よりも恐ろしい。
川の様子はというと、波打つ白波が激しく、何ともなさそうな水面もよくよく見るとすごい流れでした。どうしようかと姫君は思いましたが、母のもとへ参りたい、という心のみを頼みにして、いよいよ身を投げようとしました。この時、このように一首詠みました。
川岸の 柳の糸の 一筋に 思ひきる身を 神も助けよ
川辺にある柳は糸のようにみえる。そんな柳のように一筋に思いつめて身を投じようとするわが身を神は助けてくれませんか。
そして身を投げた姫君。しかし頭の鉢に支えられて顔が出た状態で流されていったのでした。
そうしているうちに漁船が通りかかりました。
「こんなところに鉢が流れてきている。何事だ。」
と言ってよくよく見ると、なんと頭は鉢で下は人ではありませんか。
「なんと大変だ。いったい何なんだ。」
と言って、姫君を川辺に引き上げました。
少ししてから起き上がった姫君、つくづくと今の状況を案じて、
川波の 底にこの身の とまれかし などふたたびは 浮き上がりけん
川波の底に留まって死んでしまいたかったのに、どうして浮き上がってしまったのでしょうか。
と詠みました。いてもたってもいられない様子で道をたどることもできず立ち尽くしています。
とはいえ、このままにしてはいられないので、足に任せて歩みを進めます。
ある人里に出ました。里人は姫君を見て、
「これは一体なんだ。頭は鉢、下は人ではないか。どこかの山奥から、年月を経た鉢が変化(へんげ)して鉢を被った化け物になったのか。きっと人間ではあるまい。」
と口々に言い、指をさしながら、恐ろしがりながらも笑いました。
そんな中、
「たとえ化け物とはいえ、手先足先の美しいことよ。」
と思い思い申す人もいました。
| 前の記事へ << | 続きを読む >> |












