奥の細道【マップ付き!分かりやすい現代語訳#29】最上川
登場する場所
番号と対応した地図です。東北地方の名所は頻繁に立ち寄っていることが分かります。
29『最上川』では、
77 最上川
78 大石田
79 板敷山
80 酒田
81 白糸の滝
82 外川神社(仙人堂)
が該当します。
原文
最上川のらんと大石田と云所に日和を待
爰に古き誹諧の種こぼれて忘れぬ花のむかしをしたひ
蘆角一声の心をやはらげ此道にさぐりあしして
新古ふた道にふみまよふといへどもみちしるべする人しなければ
とわりなき一巻残しぬ
このたびの風流爰に至れり
最上川はみちのくより出て山形を水上とす
ごてんはやぶさなど云おそろしき難所有
板敷山の北を流て果は酒田の海に入
左右山覆ひ茂みの中に船を下す
是に稲つみたるをやいな船といふならはし
白糸の滝は青葉の隙々に落て仙人堂岸に臨て立
水みなぎつて舟あやふし
五月雨を あつめて早し 最上川
現代語訳
最上川の舟に乗ろうと、大石田(尾花沢からすぐ西)という所で日和を待った。
ここはかつて俳諧の種がこぼれた場所で、それが根を張って今や花を咲かせている。それを忘れず慕い、歌う我が蘆角一声(ろかくいっせい。葦笛の田舎じみた侘しい音。ここでは芭蕉自身の句を指す)は、人々の心を和ませているとはいえ、まだまだこの俳諧の道を探りつつある。
「俳諧の種」とは、松尾芭蕉と同時期の早逝した俳人、大淀三千風が訪れていることに起因します。
後々登場しますが、この大淀三千風がこの地を訪ねたことが、『奥の細道』の名付けのきっかけになっています。
松島を訪れたのは三千風が著した『松島眺望集』がきっかけであり、また、仙台で訪ねた画工は、三千風の門弟です。
「新旧歌風どちらの道を行くべきか、迷い踏み留まっているというのに、道標とする人がいないのです。」
と、人が言うので、やむなく(私で良いのか、と思いつつも)俳諧を一巻残した。
この度、蕉風俳諧はこの地にまで至ったのである。
最上川は、みちのく(米沢)を源流として山形が上流となっている。碁点や隼などという恐ろしい難所を有している。
最上川の三大難所を碁点、三ケ瀬(みかのせ)、隼といいます。いずれも、山形県村山市に位置します。
板敷山(山形県最上郡戸沢村と東田川郡庄内町の境にある山)の北を流れて、最後は酒田(山形県酒田市)の海に出る。
左右が山で覆われて草で茂った中、舟に腰を下ろし、川下りをした。
最上川では、下る舟に稲を積んだものを、『稲舟』という。そう呼ぶ習わしは、
『古今和歌集』「東歌」1092
最上河 上れば下る 稲舟の
否にはあらず この月ばかり
最上川では、上流へ向かった舟も、必ず稲舟として下ってくる。それが嫌だというわけではないが、ただ、今月だけは(旅だから更に陸奥へ下らないといけないが、ここに留まりたい)。
などに詠まれることに起因しているのだろう。
白糸の滝(山形県最上郡戸沢村)は、青葉の隙々に流れ落ち、仙人堂(外川神社境内。義経の従者である常陸坊海尊がここで仙人になったとされる)は、岸に臨んで建っている。
水が漲っていて、舟が危なっかしい。
五月雨を あつめて早し 最上川
五月雨を集めたかのように、川の流れが速いことよ
雨が降り続けば川かさは増えます。最上川は、そんな雨もないのに流れが速いと言っているのです。
日本三大急流のひとつを巧みに表現した俳句といえます。
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