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第七『蛇性の淫』
いつの時代であっただろうか。紀伊国三輪ヶ崎に、大宅の竹助という人がいた。この人は海の才があり(漁が上手く)、漁師らを多く雇い、種類に関わらず何でも獲るので、家は豊かであった。彼には息子2人と娘1人いた。
生まれは、長男、長女、次男の順である。長男は素直でよく働いていた。長女は大和国の人から妻に迎えられたので、そこへ嫁いだ。次男は豊雄と言う。生まれながらに優しい性格で、常に都風の華美なものを好むが、向上心は無かった。
父はそれを心配し、
「財産を分け与えたとしても、あのような性格だから人の物になってしまうだろう。しかしながら、他所の家に養子に出して、良くない話を聞くのも心が痛い。このまま育て博士になるのも良し、法師になるのも良し、命ある限りは長男のほだし物(絆し物と書く。束縛、つなぎ留めるの意。ここでは世話にさせる)になってもらおうか。」
と、強いて戒めることもしなかった。この豊雄は、新宮(現和歌山県新宮市に比定)の神官である、安倍弓麿を師に仰いで、学問を習いに通っていた。
九月下旬。この日は、特別荒波もない穏やかな海であったが、にわかに東南から雲がやって来て、小雨が降りだした。豊雄は、師のもとで傘を借りて帰っていた。道中、飛鳥(阿須賀神社のことか)の神秀倉(かみほぐら。不明)が見えるあたりで、雨もやや強くなってきたので、その辺りにあった漁師の家に立ち寄った。
老いた主人が現れて、
「これは大宅殿のご子息ではございませんか。このような卑しい所にお入りくださるとは、恐れ入ります。敷物をお持ちしますよ。」
と、汚れた円座をきれいにして持ってきた。
「霎時(しょうじ。ほんのしばらく)休むだけだ。何も気遣いはいらないよ。ほら、慌ただしくしないで。」
と言って休んだ。外のほうから麗しい声で、
「ここでしばし休ませてください。」
と言って入ってくる人がいた。二人も来るとは珍しい、と奇妙に思いながら見ると、20歳に満たないくらいの女であった。容姿や髪型は非常に麗しく、遠山摺り(とおやまずり。遠くの山並みをかすむように摺り出した模様)の清らかな着物を着ていた。
また、女の包みを持った14、15歳ほどのこれまた清楚な侍女もいた。
びしょ濡れで困った様子であったが、豊雄を見るやいなや顔を赤らめて恥ずかしそうな表情をした。その様子にも品を感じられた。思いがけず心ときめくと同時に豊雄は
『近くに、このような美女が住んでいたら、今まで耳にしないことなどないはずだ。この人らは都の人で、三山(熊野本宮大社、熊野速玉大社、熊野那智大社)詣でのついでに、海が美しいから遊びあそばせになったのだろう(この地を訪ねたのだろう)。しかし、男を連れていないとは極まりが悪い。』
などと思いながら、少し席をずれて
「ここにお入りください。雨もそのうち止むことでしょう。」
と言った。
女は、
「しばしの間お許しを。」
と言って休んだ。大したことのない家なので、並ぶように座った。より近くなったので見ると、この世の人と思えないほどに美しいではないか。心が虚ろになりながらも女に向かって言う。
「高貴なお方とお見受けしますが、三山詣でをなさっていたのですか?湯の峰温泉にでもお立ち寄りに?このような凄まじい荒磯のどこに見所があって今雨宿りをなさっているのですか。この地は古の人がこう詠んだ地であります。
くるしくも ふりくる雨か 三輪が崎
佐野のわたりに 家もあらなくに
なんと困ったことに降る雨だろうか。三輪の崎(新宮市三輪崎)にも佐野の渡り(新宮市佐野)にも、雨宿りする家すらないというのに。
『万葉集』巻第三・雑歌 265番
まことに、今日を詠んだようです。この家は卑しいですがですが、私の親のもとで働く男の家です。遠慮されず雨宿りなさってください。そもそも、本来はどこのお宿にお泊りになっているのですか。お見送りするのも却って失礼ですので、この傘を持ってお行きください。」
と。女は非常に嬉しそうな様子であった。
「そのお心遣いに甘えて、乾くまでお世話になります。私は都の者ではありません。この近くに長年住んでおります。今日は良い天気だと熊野那智大社に詣でましたが、激しい暴雨に見舞われ、雨宿りに先客がいるとも知らずに、無理やり立ち寄ってしまいました。ここから遠くはありませんので、小雨になりましたらここを出ます。」
と言う。
「それなら一層、この傘を持ってお行きなされ。何かの拍子にでもお返しいただければ良いです。雨はますます止みそうにありません。ところで、お住まいは何処ですか。こちらから使いを送りますよ。」
「新宮の辺りで、『県の真女子の家は』とお尋ねください。」日も暮れてまいりました。それでは、そのお恵みを頂戴して、帰ることにします。」
傘を手にして家を出たのを見送り、豊雄は主人から蓑笠を借りて家へと帰った。だが、その面影が全く忘れられず、程なくして、まどろむ夜明け頃にこのような夢を見た。
県の真女子の家は、門も屋敷も非常に大きな造りをしていた。蔀(しとみ)を下ろし、簾(すだれ)を垂らし、上品な家に住んでいるようである。そこへ真女子が出迎え、
「あなたの温情が忘れられず、恋いしく思いながら待ちわびておりました。こちらにお入りください。」
と奥の部屋へと誘い、酒や菓子など様々に出して歓待してくれた。嬉しい酔い心地に、ついに枕を共にして語り合った―と思っていたところ、夜が明けて夢から覚めた。これが現実であったなら、と思う心に急かされて、朝食も忘れて浮かれながら出ていった。
新宮の郷に来て、
「県の真名子の家は」
と尋ね回ったが、知っている人は全くいない。昼過ぎまであくせく尋ね回っていると、あの了鬟(りょうかん。侍女のこと)が東の方から歩いて来るではないか。豊雄は侍女を見て大いに喜び、
「娘子の家はどこですか。傘を返していただこうと尋ね参りました。」
と言った。侍女は微笑み、
「よくいらっしゃいました。こちらにどうぞ。」
と前に立って歩いていく。程なくして、
「ここでございます。」
と言った所を見ると、門は高く、屋敷も大きく、蔀を下ろし簾を垂らしている様子まで、夢で見たものと全く違わない。
不思議に思いながらも門をくぐった。侍女が中へ走って、
「傘の持ち主の方がいらっしゃいましたので、屋敷へご案内します。」
と言うと、
「今どこにおいでですか。こちらにお入りいただきたい。」
と言って真女子が姿を現した。
豊雄が
「この辺りにおります安倍の大人と申す人は、長年私がものを学んでいる師匠なのですが、そこに行くついでに傘を受け取って持って帰ろうと思いましたので推参いたしました。お住いが分かりましたのでまた参ります。」
と言うと、真女子は強く引き止めた。
「まろや、決してお帰りいただくな。」
と言うと、侍女が豊雄の前に立ちはだかり、
「ご好意で大傘を恵んでくださったではありませんか。そのお返しをいたしますので、ここに留まっていただきますよ。」
と言って、豊雄の腰を押して南面の部屋に迎えた。板敷の間に床畳が設けてある。几帳、御厨子の飾り、壁代(壁代わりに使われた絵を描いた布)の絵などは、みな古代の良い品で、普通の人の住居ではない。真女子が出てきて、
「訳あって家人がいない家となってしまいましたので、手厚く饗応いたすことはできませんが、せめて薄酒の一杯でもお注ぎします。」
と、美しい高坏や平坏に海や山の食材を盛り並べ、瓶子(へいし。現代でいう徳利)や皿を渡され、まろやが酌んでくれた。豊雄はまた夢見心地となった。ついさっき目覚めたのに、と思いつつ、夢が現実となっていることが、かえって奇妙に思っていた。
客の豊雄も主の真女子も酔い心地になった頃、真女子が杯を掲げながら豊雄に向かって語った。その姿その声は、精妙な桜の枝が映る水面を春の風がいたずらにそれを揺らすようで、梢に立つウグイスが艶のある声で鳴くようであった。
「恥ずかしいことを言わずにこの場を終わらせて良いものですか。このようなことをしたら、いったいどの神から悪名を背負わされてしまうのでしょうか。決していい加減な言葉だと思いながら聞かないでください。私はもともと都の生まれでしたが、父にも母にも早く先立たれ、乳母のもとで育ちました。今は、この国の受領の下司(げす。下人のこと)として奉仕しており、また、県の何某に妻として迎えられてはや三年になります。その夫はこの春に任期が終わったのですが、ちょっとした病に罹って死んでしまいました。ですので、私は頼る人もいない身となってしまったのです。都にいる乳母も尼となり、行先の分からない修行の旅に出たと聞きましたので、都もまた縁のない国となってしまいました。このような私をお哀れみください。昨日の雨宿りであなたのお気遣いをみて、信頼できるお方だと思いました。故に、これから先死ぬまで御宮仕え(ここでは、豊雄に仕えるの意。)させていただきたいと願います。この身寄りのない未亡人を下賤な者だと見捨てないと申すのであれば、この一杯をもって、千年の契りを始めましょう。」
と言う。豊雄は先日の彼女の様子から察して、こうなるだろうと心を乱して彼女を思っていた。だから、塒(とや。鳥が夜に寝るところ)の鳥が飛び立つように嬉しかった(夢ではなく、現実であることも暗示している)が、自分の普通でない生活を顧みれば、親兄弟の許し無しでは、とも思ってしまい、喜んだり恐れたりして、すぐに返す言葉が見つからなかった。真女子は心細くなり、
「女の浅はかな心から愚かなことを言い出してしまいました。もう引き返す方法などございませんし、言ったことを恥じるばかりです。今の言葉はいい加減なものではございませんが、ただ酔い心地から出た狂言とお思いください。こう浅ましい身ですので、海に身投げすることなどできません。人のお心を煩わすのは罪深いことですが、この海にわが身をお捨てください。」
と言う。豊雄は答える。
「はじめから、都の高貴なお方だと思っていました。どうやら私の目は正しかったようです。鯨寄る浜(新宮市では、古来より捕鯨が盛んであった。現代もその歴史、伝承が残る)に生まれた身、このように嬉しい言葉をいつか聞いたことがありましょうか。いや、ありません。しかし、すぐにお返事できないのは、親や兄の世話になっているからなのです。わが身は親と兄のもの。自分のものは爪と髪の他ございません。結納に使える品々を用意するつても無いような身の上です。このように徳のない身を悔いるばかりです。何事も耐えてくださるのなら、もちろん、もちろん妻としてお迎えましょう。『孔子さえ倒れる恋の山、孝行のをも忘れて(井原西鶴『好色一代男』の冒頭「聖人孔子でさえ恋の山には倒れる。親孝行も忘れてしまうほどの恋の力」を引用)』と言いますしね。」
「とても嬉しいお心を伺いました。貧しいわが身ではありますが、時々ここにお通いください。ここに前の夫が『世に二つとない宝』として愛した帯(太刀のこと)があります。これを常にお持ちください。」
と渡されたそれを見れば、金銀で装飾が施された太刀で、妖しいまでに鍛えられた古の業物であった。
『こうして事は始まったわけで、断るのはめでたいとは言えぬ。』
と思い、貰って腰に差した。
「今夜はここでお過ごしください。ここで夜を明かしましょう。」
と真女子は豊雄を強く留めようとしたが、
「許しを得ていない寝泊りをすれば、親から怒られてしまいます。ですので、明日の晩うまく嘘をついてここへ参ります。」
と帰って豊雄は屋敷を後にした。その夜も寝ることができずに夜が明けていった。












