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雨月物語【現代語訳#7蛇性の淫】美女に化けた蛇に心奪われた男の末路

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兄は漁師らの面倒を見に朝早く起き出し、豊雄の閨房(けいぼう。寝室のこと)の戸の隙間からふと覗いてみると、消え残る灯火の影に、キラキラと輝く太刀を枕元に置いて寝ていた。

「怪しい。どこで得たのだろう。」

そのような記憶がないので気になり、戸を荒々しく開けた。その音で豊雄は目を覚ました。兄がいるのを見て、

「何かご用ですか。」

と言うと、

「キラキラと光る物が枕元においてあるが、それは何だ。高価な物は漁師の家にふさわしくない。父上がこれを見たらどれほど怒られるか。」

と言った。豊雄は返す。

「金を費やして買ったのではありません。昨日、ある人がくれたのでここに置いていたのです。」

「そのような宝をくれる人がこの辺りのどこにいるか。私は、お前が小難しい唐書(唐言(漢字)が書いてある書物)を買い集めるのさえ浪費だと思っている。が、父上が黙っておられるから、今まで言なかった。それでいて、遂にはその太刀を帯びて大宮祭でも練り歩くのか?どうしたことか、気が狂ったか?」

と怒声を浴びせてきた。これを父竹助が聞きつけ、

「召使い(穀潰しの豊雄を揶揄)が何かしやがったか。ここに連れてこい。」

と兄を呼ぶ。

「どこで手に入れたのでしょうか。武将が帯刀するような代物です。このような光り物を買ったのは良くないことです。豊雄を目の前に呼び出して問い糺してください。私は漁師どものもとへ行きます。指示が無いと怠りますので。」

と言い捨てて出ていった。

母が豊雄を呼び、

「そのような物を何のために買ったのですか。米も金も兄のものです。お前の物など何も無いのです。日頃好きなようにさせておいているというのに、こうして兄に憎まれるようなことをして、死んで天地どちらの国に住むつもりですか。賢いことを学んでいる者が、なぜこれ程のことを自制しないのです。」

と言う。豊雄は、

「本当に買った物では無いのです。ある縁があって人からいただいたのを、兄が見つけて咎められて、このようなことになってしまいました。」と返す。

竹助は、

「何の手柄を立ててそのような宝をくれたのだ。全く分からん。今その所縁(しょえん。ここでは経緯の意)を語りなさい。」

と豊雄を罵った。豊雄は、

「そのことですが、今は顔を伏せるしかできません。人伝で申し上げます。」

と言うと、

「親にも兄にも言わないことを誰に言うというのだ。」

と声を荒げたので、兄の傍にいた刀自(とじ。古代の女性の称。ここでは兄嫁のこと)が、

「その話、取るに足らない私ですが、聞きましょう。お入りなさい。」

と柔和に対応してくれたので、衝立の向こう側へ入っていった。

豊雄は刀自に向かい、

「兄上が見て咎めなかったとしても、こっそり姉上には話そうと思っていましが。ですが、思っていたより早く怒られてしまいました。実はかれこれという人の未亡人から『後身(世話する。つまり結婚)していただけませんか。』ということで賜ったものなのです。私はまだ世を知らぬ身(働いていない身)ですので、許しがなければ、下手したら勘当されかねません。今さら悔いるばかりですが、姉上、どうか私の気持ちを汲んでください。」

と言う。刀自は笑い、

「前々から、あなたの独り寝を見ては可哀そうだと思っておりましたが、これは良い話です。取るに足らない私ですが、よく言っておきましょう。」

と言ってくれた。その夜、刀自は夫に、

「かれこれといった事でございました。喜ばしい話だとはお思いになりませんか。お父様にも良きようにお話ししてください。」

と話したのだが、夫は眉をひそめ、

「怪しい。この国の国守の下司に県の何某という人の名は聞いたことがない。我が家は保正(ほうじょう。家や村を束ねる者。村長)だから、そのような人が亡くなれば聞かないわけがない。手始めに太刀をここに持ってきてくれ。」

と言うので、刀自はすぐに持ってきた。よくよく調べ、長嘘(ためいき。溜息のこと)をついた。

「これは恐ろしいことになった。近頃、都の大臣殿の祈願が成就なさったということで、権現様に多くの宝を奉納されたのだが、その神宝全てが宝物殿の中からすっかり無くなった事件があって、大宮司から各国守に訴えがあったのだ。国守はこの盗賊を捕まえるため、助(すけ。次官のこと。四等官のひとつ)の文室広之が大宮司の館に行って、今はらに(まさしく今)探しているとの由を聞いた。この太刀はどう考えても下司ごときが持てるような物ではない。やはり父上にお見せせねば。」

と言って、父の前に持っていき、

「かれこれの恐ろしいことになりましたが、いかがしたら良いでしょうか。」

と尋ねた。竹助は顔を青くして、

「これは大変なことになった。豊雄め。日頃毛の一本すらもぎ取らないでいるというのに、何の報いでこのような良からぬ心を起こしたのか。このことが世間に露わになれば、この家も絶えてしまう。先祖のため子孫のため、迷惑な子など一人くらい惜しくない。明日、大宮司に訴え出よ。」

と言った。

兄は夜が明けるのを待って、大宮司の館を訪れてかれこれと事の次第を申し上げた。その太刀を見せると大宮司は驚き、

「これこそ大臣殿の奉納品である。」

と言ったので、それを聞いた次官の文室広之が、

「他の失われた物も問い糺し、明らかにしたい。召し捕れ。」

と命じたので、武士らが10人ほどが兄を前へ立てて豊雄のもとへ歩みを進めた。豊雄はそんなことも知らずに書物を読んでいると、武士らが押さえつけてきて、捕まった。

「これは何の罪ですか。」

と言うも聞い入れられず、武士らは捕縛した。両親も兄夫婦も、

「なんと情けない。」

と嘆き、戸惑うばかりであった。武士らは

「公庁(この場合、国司がいる国衙を指す)よりお呼び出しだ。早く歩け。」

と豊雄を取り囲んで館に連行した。

次官の文室広之が豊雄を睨みつけ、

「お主、神宝を盗むとは前例の無い国津罪(くにつみ。社会秩序を乱すような罪。対義語で天津罪。天津神に対する罪)である。他の数々の財宝はどこに隠した。はっきりと申せ。」

と言う。豊雄はようやくこの事態を理解し、涙を流して言った。

「私はさらさら盗んでおりません。かれこれのことがありまして、県の何某の未亡人が、『生前夫が腰にしていた刀です。』とのことで、私に下さったのです。今すぐ彼女を召し出して、私に罪が無いことをはっきりとさせてください。」

と言った。文室広之はいよいよ怒った。

「私の下司に県の姓を名乗る者などいない。そのような偽りを申せば、刑罰はますます重くなるぞ。」

豊雄は

「このように捕らえられていながら、いつまでも偽り言を申し上げましょうか。どうか、彼女を呼んで、問うてください。」

と言うと、文室広之は武士らに向かい、

「県の真女子の家はどこにあるのだ。この者を連れて捕らえてこい。」

と言った。武士らは承知し、また豊雄を前に押し立ててその所へと行った。見ると、厳かに造られていた門柱は朽ち腐り、軒の瓦もほとんど崩れ落ち、忍ぶ草(ここでは雑草を指す)は生い茂っているではないか。とても人が住んでいるとは思われなかった。豊雄はこれを見てただ呆然とし尽くしていた。武士らが駆け廻り、近隣の者らを召集した。木こりの老人や、米担ぎの男らであった。彼らは恐れ戸惑い、跪いた。

武士が彼らに向かって言う。

「この家には誰が住んでいたのだ。県の何某の未亡人がここに住んでいるというのは本当か。」

鍛冶の翁が這い出て申し上げた。

「そのような人の名は命にかけて聞いたことはありませぬ。この家は3年ばかり前まで、村主であった何某という人が裕福に暮らしておりました。しかし、筑紫国へ商物を積んで下っていた折、その船が行方不明になったのです。それからは、家に残った人たちも散り散りになり、今は全くもって人は住んでおりません。また、この塗師の老人は『その男が昨日ここへ入り、しばらくして帰ったのを見て、怪しいと思った。』と申しておりました。」

と言うので、武士は

「ともかく、中をよく調べてから殿に申し上げることにする。」

と門を押し開いて入っていった。

家は思いのほか荒れていた。さらに奥へと進むと、広く造られている庭園があった。池に水は無く、水草もみな枯れいた。また、野良藪が垂れるほど生い茂っており、その中には吹き倒された大きな松があり、非常に荒んでいた。客間の格子戸を開くと、生臭い風がさっと吹き抜けた。人々は怯んで後ろに退く。豊雄はただ声を押し殺して嘆いていた。

武士の中に巨勢熊梼(こせのくまやす)という胆の座った男がいた。

「みな我の後ろについて来い。」

と言って、板敷を荒々しく踏み進む。塵は一寸ほども積もってた。鼠の糞が散りばめられている中に、古い几帳を立てて、花のような美しい女がひとり座っていた。熊梼は女に向かい、

「国守からお呼びがかかっている。急ぎ参れ。」

と言ったが、女は答えない。近くまで進んで捕らえようとしたその時、地が裂けるほどの霹靂が鳴り響き、多くの人は逃げる間もなく、その場に倒れた。さて、女の方を見ると、どこへ行ったのだろうか、その姿は見えなくなっていた。

床の上にはきらきらした物があった。人々が恐る恐る近寄って見ると、狛錦(狛(高麗(こまと読む)の高級な錦)や呉(中国などの大陸)の綾、倭文織(しずおり。日本古来の方法で織った織物)、固織(かたおり。目を詰めて固く織った織物)、楯、鉾、靭(ゆぎ。矢を入れる籠)、鍬などであった。これらはみな失われた神宝であった。

武士らは従者らに持たせ、怪しい出来事を事細かく報告した。次官の文室広之も大宮司も、妖怪だからこそ成せる業として、豊雄への責めの手を緩めた。

しかし、この罪を免れたわけではない。国守の館に引き渡されて牢獄に入れられた。父や兄弟が多くの物を渡して(賄賂を送って)罪が無くなったので、100日ほどで放免された。

こうして社会生活に立ち戻っても豊雄は心が沈んでいた。

「大和国にいる姉を訪ね、しばらくそこに住みます。」

と言う。

「このような辛い目に遭った後は重い病を患うものだ。行って、幾月か過ごしてきなさい。」

と家族は従者をつけて出立させたのであった。

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