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雨月物語【現代語訳#7蛇性の淫】美女に化けた蛇に心奪われた男の末路

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豊雄の姉の家は石榴市(ざくろいち。特定の地名ではなく、遊女の集まる土地を指す。ざくろは美しい女性の比喩)という所にある。夫は田辺金忠という商人である。金忠は、豊雄が訪ねてくるのを喜び、またこの前の出来事などを気の毒に思い、

「いつまでもここに住むといい。」

と懇ろに労わった。

年は変わって2月になった。この石榴市は、泊瀬の寺(はつせの寺。現奈良県桜井市の長谷寺のこと)に近い所にある。仏の中でも長谷寺が霊験あらたかなことは、唐土にまで知られているということで、都から田舎まで所を問わず詣でる人がいて、特に春は多かった。参詣者は必ずこの石榴市で宿をとるので、宿は軒を並べていた。

田辺の家は、御明灯心(ごみょうとうしん。仏前に備える灯明の芯のこと)の類を売ってるので、所狭しと人が入ってくる。その中に、都の人がお忍びで参詣したのであろう、そう思われるたいそう美しい女が一人、従女を連れて、薫物(たきもの。お香のこと)を求めて立ち寄っていた。

その侍女が豊雄を見て、

「吾が君(愛する人)がここにいらっしゃいます。」

と言うので、驚いて見るとあの真女子と麻呂であった。

「ああ恐ろしい。」

と豊雄は店の奥に隠れた。金忠夫婦が

「どうしたのだ。」

と聞く。

「あの鬼がここまで追ってきました。あの者らに近寄ってはいけません!」

と混乱した怖がり隠れた。店内の人々は

「それはどいつだ。」と

騒ぐ。そこに真女子が入って来て、

「皆さん、怪しまないでください。ほらあなた、怖がらないでください。私の気遣いのせいで罪人に堕としいれてしまったことを悲しく思い、『居場所を探して事の次第をは無し、安心していただかなければ。』と、あなたのお住まいを尋ね歩いていたのです。その甲斐あってお目にかかれました。嬉しいです。あなた、よくお聞きください。私がもし怪しい者ならば、これほど人が賑わい往来しているところに、かつこのように長閑な昼にどうして現れましょう。衣には縫い目はありますし、日に向かえば影もできます。道理に適っている(敵意が無い)ことを理解してください。そして皆さんの疑いの念を解いてください。」

と言う。

豊雄はようやく落ち着いて、

「お前が本当に人なのか。私が捕らわれて、武士らと共に屋敷や行って中を見れば、前日とは違って凄まじく荒れ果てていたぞ。本当に、鬼の住むような屋敷だ。そしてお前はそこに一人いた。人々が捕えようとしたら、たちまち青天霹靂を起こして跡形もなく姿をかき消したのを私は目の当たりにしている。また追ってきて何をする気だ。速やかに去れ。」

と言った。すると真女子は涙を流し、

「まことに、そうお思いになるのは尤もです。ですが、私の言葉も少しお聞きください。あなたが国衙に召し出されたと聞いて、かねてより情をかけていた隣の翁に話し、急いで荒れ野のような屋敷をこしらえたのです。私を捕えよとした時に雷鳴を響かせたのは、まろやが仕掛けたものなのです。その後、船を求めて難波の方へ逃げました。そして今、あなたの消息を知りたくて、ここの御仏に願かけをしに来たところ、二本杉の印があって、嬉しくも逢瀬の流れの先にあなたにお逢いできました。これは、大悲(だいひ。菩薩の異称)から徳を授かったおかげの他にありません。数々の神宝は、どうして女が盗み出すことができましょうか。あれは前の夫の悪心が起こしたことです。よくよくこのことを理解してください。そして、私のあなたを思う心を少しばかり感じてください。」

と、さめざめと泣いた。豊雄は、疑いもあり憐れみもありといった感情で、重ねてかける言葉も出てこなかった。金忠夫婦は、真女子の件が明らかになったと同時に、この女のそれらしい振る舞いを見て、真女子の言うことに全く疑う心も無く、豊雄が語ってくれた一連の話が本当だと分かり、

「世にも恐ろしいことがあるものよ。」

と思った。また、そのような前例があるわけでもないのに、はるばると尋ね探してくる真女子の心が憐れに思われたため、金忠は

「豊雄が承諾しなくても、我々が泊めてあげましょう。」

と、一室へと迎え入れたのだった。

そこで1日、2日と過ごす中で、真女子は金忠夫婦の気を引くためにひたすら嘆き、彼らを頼った。その心の深さに心動かされ、豊雄を催促して、ついに婚儀を取り結んだ。豊雄も日を追うごとに打ち解け、もともと容姿が美しかったので、それを愛でては悦び、千年の愛の契りを交わした。

葛城山や高間山に夜になると湧き立つ雲(※1)から降り注ぐ雨も、長谷寺から響く暁の鐘に止む。豊雄は、ただただ、再会が遅れたことを恨めしく思ったのであった。

※1 新古今和歌集 990 詠み人知らず

よそにのみ 見てややみなむ 葛城や

高間の山の 峰の白雲

ただ遠くから眺めるだけで終わってしまうのだろうか。

葛城の高間山の峰にたなびく白雲よ。

三月になった。金忠は豊雄夫婦に向かって言う。

「都の周辺と比べるまでもないが、それでも紀伊路よりは美しいだろう。名細(遍くその名が知れ渡っている)の吉野の春はとても良い所だ。三船山(御船山)も菜摘川(夏実川)もいつ見ても飽きない。今頃はどれほど趣があることだろうよ。さあ吉野へ出立しましょう。」

と。真女子は微笑み、

「都の人は、『よき人のよし(吉野にかかる枕詞)~』と詠まれるそこを見ないことを悔いると聞きます。私は幼い時から、人の多い所に行ったり、長い道のりを歩いたりすると、必ず気がのぼせてしまう病がありますので、従駕(籠などの乗り物にお供すること。ここでは徒歩だが。)できず一緒に出立できないことを残念に思います。山の土産を必ず持って帰って来てくださいね。」

と言う。

「それはそれは、歩くと病で苦しいだろう。車は持っていないが、決して、決して土は踏ませまい。留守では豊雄がどれほど残念に思うだろうか。」

と金忠夫婦は真女子に勧めた。豊雄も、

「こう頼もしく言っているのだから、道中病で倒れるかもしれないが、行かないわけにはいかないな。」

と言うので、真女子は不本意ながら出掛けることにしたのであった。人々は華やいで出掛けていたが、真女子の美しさには似ても似つかないように見えた。何某の院は、この吉野をかねてより深く知っていたので、ここを訪ねていた。住職が出迎え、

「この春はいつもより遅い参詣でございますな。花は半ば散って、うぐいすの声もやや旬を過ぎようとしておりますが、もっと良い所に案内いたしましょう。」

と、清い夕食(精進料理)をもてなした。翌日、明けゆく空は深く霞んでいたが、院は晴れゆくままに辺りを見渡した。その院は高い所にあるので、あちらこちらに僧坊らがはっきりと見下ろされた。山鳥たちは取り留めもなくさえずり合い、草木の花々は咲き乱れていた。

同じ山里でありながら、目が覚める心地にさせられる。『この春初めての参詣なら、滝がある方が見所が多いだろう。』ということで、そこへ案内人を呼んで出立した。谷を巡って下りていく。

昔、行幸宮(行幸した天皇が泊まった屋敷)があった所は、石が走るほどの激しい流れのある滝の瀬や、小さな鮎が遡上する様子など、面白く目に映る所であったので、ここで桧破子(ひわりご。ヒノキで作った上質なわりご。要するに弁当)を広げて食べながらお遊びになったのだった。

すると、ずっしりとした岩々伝いにこちらへやって来る人がいる。髪は績麻(うみそ。紡いだ麻糸)を束ねたようであったが、手足がしっかりした老人であった。滝の下まで歩み寄り、彼らを見て疑いの目で見つめた。真女子もまろやもその人を背に見て見ぬふりをした。老人は2人をじっと見つめ、

「怪しい。あの邪神が人を惑わすとは。わしの目の前でもこのようなことを。」

とつぶやくのを聞いて、2人はたちまち躍るように立ち上がって、滝へ飛び込んだ。見ると、水が大空に湧き上がってその姿は見えなくなり、雲が摺る墨をこぼしたように、篠(しの。竹の一種)を乱すほどの雨を降らせた。老人は慌てふためく一行を落ち着かせ、人里に案内した。

生きた心地のしない一行は、卑しい家でかがんでしゃがみこんでいた。老人は豊雄に向かって言う。

「よーくお主の顔を見れば、あの隠れ神に悩まされているようですな。わしが救わなかったら間違いなく命を失っていた。これからはしっかりご用心を。」

と。豊雄は地に額をこすりつけ、事の発端から語り出し、

「この命をお助け下さい。」

と、畏れ敬いながら懇願した。老人は語る。

「もちろん。あの邪神は年老いた蛇である。その性格は淫らなもので、牛とやっては麒麟を生むといい、馬とやっては龍馬を生むという。お主に魅入って奸計をしてきたのは、お主の為人や容姿が美しく整っていたからと見える。これほど執念深いのだから、かなり用心しないとお主の命はなくなってしまうだろうよ。」

一行はいよいよ恐ろしくなり、不安になった。そして、一行は老人を崇め、遠津神(とおつかみ。違う世界、遠い世界にいる神)だと拝んだ。老人はふと笑い、

「わしは神ではない。大倭神社(おおやまと神社。日本最古級の神社)に仕える当麻酒人(たいまのさかひと)というじいよ。帰り道を案内いたしましょう。さあ。」

と、家を出たので、一行は後について帰っていった。

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