今川氏親
室町(戦国)
今川氏による分国法。制定したのは今川義元ではない。
分国法とは??
分国法とは、戦国時代に大名が定めた、各々の領地にのみ適用された法律のことを指します。基本的に、どの分国法も訴訟関係の法が中心となっています。
日本という国家を維持しながら独自の自治を展開した戦国時代特有の現象です。
- 相良氏法度
- 塵芥集
- 早雲寺殿二十一箇条
- 六角氏式目
- 朝倉孝景条々
現代語訳
第1条
一。代々続いている課税対象の田である名田に地頭が正当な理由なく取り上げることを停止するため、この争いを止めること。ただし、年貢等を疎かにする場合においては論じるまでもない。また、その名田の年貢を増やすとよい。望む人がいるならば、所有者である百姓の望み通りに増やす理由を尋ねることに加え、その義が無いようなら、年貢増に加えて、取り上げよ。ただし、地頭と名主を取り替えるため、新名主と共謀し、年貢増の理由について嘘を並べれば、地頭においてはその所領を没収、新名主は処罰する。
譜代 | 代々家系が続いていること |
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名田 | 租税や年貢を納めることになっている田。その保有者である百姓を本百姓や名主という。 |
本百姓 | 名田の所有者である百姓 |
かたらひ | 共謀する |
第2条
一。田畑と山野の境界について揉めることがある。本来の境界の跡を明確にした上で、非難してくる輩は、道理が無い者として、所領のうち3分の1を没収する。
本跡 | 基本的に、境界となる部分には目印となる石像や柵が設けられている。島崎藤村『夜明け前』には、境界を巡る揉め事が描かれている。 |
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剰(あまつさえ) | その上 |
新儀 | 新しい事柄。そのなかでも、非難される事柄として用いられることが多い。 |
第3条
一。自然災害で耕作地が川辺、海辺となった土地を再び開墾する際の境界について。年月が経ち、本来の境界が分からないのならば、互いの開墾地の境界のうち、中分して境界を定めよ。また、各々の土地に給人を付けること。
川成 | 洪水のために土砂が流出し、本来田畑であった場所が川辺になってしまう事をいう。 |
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海成 | 波や海水によって、土砂が流出し、本来田畑であった場所が海辺になってしまう事をいう。 |
中分 | 二者で土地を分けること。1:1という訳ではなく、時と場合によって2:3になったり、1:4になったりする。 |
給人 | 領地を支配する者。 |
第4条
一。訴訟争いの最中、狼藉を働いた輩は、道理から外れているか否かは論じないで、無条件に敗訴とする。従来の規則から存在する法令である。とはいえ、道理を明確にした上、妨害行為の罪はこの判決より三年後に裁判を再度行い、道理から外れているか否かを明らかにして、ひと段落つけるべし。
越度(おっと) | 過失 |
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公事 | 裁判 |
落居 | 物事が解決したりひと段落したりして、気持が落ち着くこと。 |
第5条
一。古くから仕える家臣が、無関係の者を召し使う時、本主人がその見合いに入ることを停止する。人としての道理に委ねて許可を出し、その決定を本主人から受け取るべし。また、解雇については、本主人の耳に入れ、当主に届け出を出した上で逐電すること。この際、他の者から一人雇い入れるべし。
被官 | 家臣 |
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本主人 | その人が本来仕えている主人 |
当主 | 現在の主人 |
裁許 | 審査の上、許可すること |
逐電 | 行方をくらますこと |
第6条
一。譜代の下人、つまり召使いの所有権の時効について。行方をくらました後20年が経てば、主人はこれを所有し続けるか否か明確にするべし。ただし、行方をくらました者の中でも過失が原因である者については、この法令に限らない。
第7条
一。夜中になって、他人の家の門の中に入っては一人佇む輩が、知り合いでも約束した者でもないならば、その場にいる人々でその者を捕えよ。予期しない殺害に及んでしまったとしても、亭主にその過失はないものとする。また、他家の下女と結婚し、その下女のもとに通う者について。主人に届出をせず、また同朋にも知らせずに夜中に通いに来たならば、屋敷の者はこの者を殺害しても過失はないものとする。殺害しなかったとしても、捕らえて尋問し、家に来た理由が下女に通うことだとはっきりすれば、駿河国から追放することとする。
当座 | その場にいる人々 |
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顕然 | はっきり現れること |
追却 | 追放 |
第8条
一。喧嘩する輩は、理非を論ぜず、両方共に無条件に死罪とする。相手が一方的に襲いかかってきて、反撃せずに耐え抜いて怪我を負った場合に関して。喧嘩自体はよくないことだが、穏便に済ませようとするその働きがけは、道理にかなった行動である。また、喧嘩に加担した輩がその場にいて、怪我を負い、最悪の場合死んだとしても、事件には値しない。この旨は、過去に定めた項目である。そもそも、喧嘩した者の成敗は、その場にいる人々の中の一人が起こした罪である。そのため、妻子や家内らに罪を転嫁してはならない。ただし、喧嘩した当人が逃亡した場合においては、妻子に罪を転嫁してもよい。とはいえ、死罪には値しないか。
第9条
一。喧嘩相手のことについて。仲間が色々申すも、本人がはっきりしないことがある。その場において喧嘩を取り持ち、走り回り、その上怪我を負った者は喧嘩した本人と同罪、つまり死刑とする。事の後、喧嘩した張本人がバレた場合、その者の主人は、匿っていたわけではないと覚悟を決めて主人自ら裁くべきである。
方人 | 二者のうち、どちらか片方を応援する人。仲間。 |
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第10条
一。家臣の喧嘩と盗賊の罪に、主人は関係ないことは尤もことである。とはいえ、事がはっきりしていないうちに、子細を尋ねるなどと称して、その者を匿い、逃がすようなことをすれば、主人の所領の一部を没収する。所領が無いのならば、罪に処す。
拘(かかえ)おく | 匿う |
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第11条
一。子供の喧嘩について。子供ならば仕方ない。ただし、両方の親がこれを制止すること。その際に鬱憤を晴らすようなことをすれば、父子共に成敗の対象とする。
第12条
一。子供が誤って友を殺害した場合について。過失がなければ成敗してはいけない。ただし、15歳以上の者は、殺害の罪を免れるのは難しいか。
第13条
一。知行配分を考えずに売却することを停止する。ただし、変更し難い理由があるのであれば子細を報告し、売却日を定めてから実行すべきか。以降、自分勝手な輩は罪に処す。
知行 | 武士に支給される土地のこと |
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第14条
一。知行の田畑を、年期を定めて売却した後、年期が終わってないのに検地を行うことを停止する。ただし、売却する前に検地するとの契約を交し、このことを売渡し状に記した場合、また、百姓が私的に売地として保有する名田の場合は、この法令の限りではない。とはいえ、地頭が許可の印として売渡し状に花押を押せば、この法令通り検地は行わない。
第15条
一。新井溝は近年よく争っており、毎度のこととなっている。所詮、他人の知行を通す必要があるので、ある者は代替地を、ある者は用水路料金を用意するのが当然である。となれば、仲介として召使いを立て、速やかに通水路設置による利害を算出するべし。召使いに至っては、起請文を用いて私的な介入をしないよう表明して事にあたるべし。ただし、大昔のために、通水路料に関する揉め事が発生しない場所であれば、この法令の限りではない。
替地 | 代替地 |
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井料 | 用水路の利用、管理費用 |
井溝 | 田の周り、内部を流れる通水路 |
罰文 | 起請文(きしょうもん)のこと。偽りであれば神仏の罰を受けると誓う文書。同時に、相手に身の潔白を表明する役割もある。 |
往古 | 大昔 |
第16条
一。他国の者に与えた知行を他国の者だという理由で勝手に売却することは極めて余計なことといえる。これより以降、勝手な売却停止し、この行為を辞めること。
いはれざる | 不要である。余計である。 |
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第17条
一。理由なく古い文書を引用し名田等を要求することをひたすらに停止し、止めること。ただし、譲り状が存在する場合は、この法令の限りでない。
第18条
一。借米のことについて。利息の割合は、その一年間は契約の通り払うこと。次の年からは、1石ごとに1石追加する。5年の間に、本来の1石と5年分の5石を合わせて6石である。10石には10石。5年の間では、本来の10石と利息の50石合わせて60石である。6年に及んで問題がなければ、その子細を、奉行人可能であれば合わせて領主に断り申し上げ、奉行人や領主はそれに対し厳重注意すること。
譴責(けんせき) | 厳重注意 |
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第19条
一。借金について。利息は1倍だが、滞納した場合、2年間は貸主の判断を待つこと。6年が経過して返済が終わらないならば、奉行人、可能であれば領主に断り申し上げ、借米の処分と同じように厳重注意とする。借米、借銭共に利息については、契約次第といえる。
第20条
一。借金があり、与えられた知行を担保として質入れ置くことは、借主の状況に後が無くなったことを理由に、仏門に入ると称したり、逃亡したり、大名に救済を求めたりするといった逃れ方が有り得る。過ぎ去りし明応年(1492-1501)中、庵原周防守が借金のために知行を質に入れようとした問題があった。代々の忠義、功労により黙って見過ごすわけにはいかなかったため、一旦許可を出してこの問題を終わらせた(ただし、直轄地である焼津郷は貸主にやった)。
大永5年(1526)である今年、安房国では、この件について頻りに言上があった。捨ておくことが難しかったため、ひとまず、下知を出したところである。上位の家格であること、その面々であることから、一度は対応したが、これより先、与えられた知行を質に入れるような覚悟ある行動を起こす者は、領地を没収する。
遁世 | 仏門に入ること |
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もだし難き | 黙し難い。黙って見過ごすわけにはいかない |
料所 | 大名などの有力勢力が直轄した領地 |
一往 | ひとまずのところ |
第21条
一。他人の知行の百姓に厳重注意することについて、領主と奉行人に届け出を出さなければ、たとえ道理にかなっていると言っても、道理にはずれたものとして判断する。
非分 | 道理にはずれている |
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第22条
一。守護不入地について、改正するまでもない。ただし、その領主に問題があり成敗するに相当し、守護の役人が聞き込みに入った場合、法令の通り成敗することとする。数年前この法令を定めたのだが、なお領主に問題がある場合、重ねて成敗する。
第23条
一。駿府内での守護不入地については、これを破棄した。各々、異議申し立てしてはいけない。
第24条
一。駿河・遠江両国の海上通行税、または遠江の陸上通行税について、これを停止した。異議申し立てをする輩については、罪過に処す。
第25条
一。国質を取ることについて。今川家と奉行に断り申し上げずに、私的に国質を取る者は、罪過に処す。
国質 | 返済不能の場合、同地域に住んでいるという理由で、無関係の者の身体や財産を質に入れること。 |
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第26条
一。駿河・遠江両国の海岸に流れ着いた船について。違反行為を働くことなく、船主に返すこと。もし、船主がいないならば、その時に限っては、大破した寺社の修理に用いるべし。
寄船 | 流れ着いた船 |
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第27条
一。流木について。知行を問わず、取得して良い。
第28条
一。諸宗派の論争について。当国内においては、論争を停止すること。
第29条
一。諸出家について。後継者のために弟子をとると称して、弟子の叡智を計らずに寺を後継させることはこれより以降、停止する。ただし、状況に従うこと。
取たて | 抜擢すること。ここでは後継者の選定。 |
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第30条
一。駿河・遠江両国の者は、私的に他国の女性を娶ること、あるいは他国に婿を取って娘を遣ることを、これより以降停止するため、この行いを止めること。
第31条
一。私的に、他国の者が行う戦に及ばない物事に手助けすることを停止するため、これを止めること。
合力 | 助けること |
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第32条
一。三浦二郎左衛門尉、掛川城主朝比奈泰能の出仕が決まった。そのため、それ以外の者共は、徒にあれこれ決まりを設けてはならない。家臣として良きように取り計らうこと。弓矢争いの場でないのに意趣返しをして、座敷の順序を気にすることは公の場において不都合なことである。また、勧進を目的とした猿楽や田楽や曲舞が行われる際の座席については、これより以降、くじ引きで決めるべし。
自余 | それ以外 |
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惣別 | 総じて |
比興 | 不都合なこと |
第33条
一他国の商人がその場にいる家臣と契約を交わすことは、一切停止すること。
結
以上33箇条。
33ヶ条は、常々思い当たっていたことを、治安維持のため、密かに作成したものである。この世の人々は狡猾になり、法の整備されていない事柄で争っている。この間に条目を構え、これは人々を落ち着かせるものとなった。条目を定めたため、これより不平等な言い争いはあってはならない。条目に記したような事柄が起きた際、この書を取り出し、裁決を下すべし。この他、国内に広く定着した慣習法や今川家が独自に定めた法はここに記すまでもない。
大永六年(1526)4月14日 今川氏親 印
紹僖 | 今川氏親の法名 |
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