現代語訳
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嫁比べ2
すでに夜は明け、人々は二人を嘲笑しました。
「あれほどの者がおわす座敷へ、あの鉢かづきが行くというのか。どこにも行かないとは、なんとも無粋な行いだ。」
と。そうしているうちに、はやく準備をしろ、とお触れが回りました。いよいよ登場です。
長男の嫁御前は、並々ならぬ衣装をまとって登場しました。お歳は22、23歳ほどでしょうか。この日は9月半ばのことでしたので、肌着には白い小袖を、その上にはいろいろな小袖をお召しになっていました。下は紅の袴を足で踏むほどの長さで履き、髪は背丈よりも長いといったご様子で、あたりが輝くほどの美しさでした。また、引き出物として、唐綾を10疋(綾織物の単位)・小袖を10襲(かさね)を、衣服用の大きい箱に入れて参上されました。
次男の嫁御前は、御歳20ほどで、並々ならぬ気高さを持っており、誰よりも美しく見えました。髪は背丈と同じくらいで、肌着には生絹の袷、上は摺箔の小袖をお召しになっていました。下は紅梅の刺繍の入った袴を足で踏むほどの長さで履き、引き出物に小袖30襲を持って参上されました。
三男の嫁御前は、御歳18ほどで、髪は背丈ほど長くはありませんが、月や花が妬むほど美しい女性でした。肌着には紅梅の小袖を、上には唐綾をお召しになっていました。引き出物として染物を30反を持って参上されました。
3人の嫁は互いに引けを取らないほどの美しさといえます。さて、はるか下がったところに破れた畳を敷いて、この上に鉢かづきを座らせようと企んでいました。人々は、
「3人の嫁御前は拝見した。さて、鉢かづきが呆れるほどの身なりで参上するのを見て笑おうではないか。」
と言い合いました。軒端に留まる鳥ではありませんが、人々は羽繕いをするように、居ずまいを正して待ちました。3人の嫁御前たちも今か今かと待ちます。父が言いました。
「どこへでも行かないで、これから恥をかくことの悲しさよ。何も嫁比べをしようなどと言わなくても良かっただろうに。良いも悪いも知らないふりしておこうか。」
こうして鉢かづきが遅い、ということで度々使者が準備の部屋へとやって来ました。御曹司はこれを聞いて、
「これより参る。」
と仰せになりました。人々は、出てきたところを笑ってやろうとざわつきます。さて、出てきた鉢かづきのお姿はというと、ものに例えればほのかに出ようとする月に雲がかかったような風情で、お顔は気高く美しく、身なりは春の初めにしだれ桜が露の間からほんのりと見えて、朝日を受けて光り輝く様子と変わりません。霞のような眉墨はほのぼのとしていて、艶やかで美しい両鬢は、秋の蝉羽が透き通っているように清廉な様子でした。季節が巡っているかのようなそのお姿は、春の花にも秋の月にも妬まれましょう。
歳は15、16歳ほどでしょうか。肌着には練り込まれた白い絹、上には唐綾、紅梅、紫、といった色々な小袖をお召しになっていました。下は紅を何度も染め上げた美しい袴を足で踏むほどの長さで履き、翡翠のかんざしをゆらゆらと挿していました。歩く姿は天人が現世に現れたようにも見えます。
待っていた人々は皆目を驚かし、思いもしなかった展開に興ざめてしまいました。御曹司は心中非常に喜びました。
嫁比べ3
こうして、姫君が一段下がった畳に座ろうとした時、三男の中将殿が場を制しました。
「どうして現世に現れた天人のようなお方を下座に座らせようか。」
姫君のあまりもの可愛さに母上は左の膝に姫君を呼んだ。さて、御曹司の父への引き出物には、銀の台に金の杯を載せ、金で作った三つの橘、金十両、唐綾、折野茂の小袖30襲、唐錦10反、軸に巻きつけた絹50疋を、衣服用の大きい箱に積んで差し上げました。
御曹司の母への引き出物には、染め物100反、黄金の玉、銀で作られた枝付きのケンポナシを、金色の台に載せて差し上げました。
人々はこれを見て、姫君の顔、姿、衣装、引き出物に至るまで、思っていた以上でなおかつ他の嫁御前らに劣らない、と目を見張ったのでした。
最初に参上した三人の嫁御前たちはさぞ美しく見えました。しかし、この姫君と比べると仏の御前に悪魔や外道がいるようです。兄らが言います。
「いざ、お顔を覗いてみよう。」
覗いてみると、周囲が輝くほどの美人ではありませんか。皆、あの鉢かづきが、と不思議に思い、何も言うことができませんでした。楊貴妃や李夫人も姫君にどうして勝ろうか。
「どうせ辛い人間界に生まれたならば、このような人と一夜でいいから契りを結び、思い出にしたい」
と人々は御曹司を羨みました。父上は、
「最近、若が絶えず姫君に思いを懸けていたのも尤もだ。」
とお思いになりました。姫君は杯を差し上げたところ、父上ではなく姉御前らが召し上がりました。その後姫君にも勧めます。こうして何度か杯を回し、回し終えたところで嫁御前らが話し合いました。
客人に対しては、杯を三杯分回し飲みして下げるのが礼儀でした。ここまでの所作を「一献」といいます。この場面では、姫君は客人扱いされているわけです。
「顔と姿の良し悪しは身分に関係ありません。管弦遊びで、和琴を演奏してもらいましょう。和琴は基本を明らかにしなければ(習得しなければ)。。。その出来は言うまでもありません。御曹司は基本を習得されてはおりますから後でなら姫君に教えることはできるでしょう。しかし、今夜に教える時間はないと思います。では、始めましょうか。」
こうして長男の嫁御前は琵琶の役を、次男の嫁御前は笙を、母上は鼓を打ち、それぞれ奏で始めました。
「姫君は和琴を演奏なさって。」
と責め立てられました。
「このようなことは聞いておりませんでした。私は少しも経験したことがありません。」
姫君は辞退申し上げます。これを見た御曹司は
「私を姫君の代わりとして呼んでほしいものだ。行って代わりに弾いてやりたい。」
と思いました。
「私が卑しい身分だからといって、このような催しで笑いものにしようとしているな。」
と察しました。
「とはいえ、昔母上に育てられていた時、母上の楽の道を、朝から夕まで慣れ親しんでいたものだ。弾いてみようか。」
と思い、
「では、弾いてみましょう。」
と、傍にあった和琴を引き寄せ、三度弾きました。なんと上品な音色か。これを見た御曹司は嬉しい限りでした。
嫁御前たちはこれをご覧になって、
「和歌を詠んだり字を書いたりすることは後で御曹司が教えることはあるでしょう。ただ、今この場で教えることはさすがにできない。ならば、和歌を詠ませて、笑ってやろうではありませんか。」
と相談し、
「姫君よ。これをご覧なさい。桜の枝と藤の花、春と夏とが隣り合っています。秋には特に菊の花が咲きます。これにかこつけて、一首お詠みくださいな。」
「なんと見苦しいことを仰る。私ができることは、ここの湯殿で、朝夕慣れた手つきで水車を使って水を汲み上げるほかありません。和歌というのはどのようなものか、全く分かりません。まずは御前たちがお詠みになってはいただけませんか。その後で、なんとか詠んでみましょう。」
「姫君は今日のお客様でしょう。まずは姫君からお詠みくださいよ。」
こう責められた姫君はとりあえず一首詠みました。
春は花 夏は橘 秋は菊 いづれの露に 置くものぞ憂き
春は桜、夏は橘、秋は菊。どの植物の露に私のこの感情を置いたらよいでしょうか。悩んでは辛く思われます。
筆を慰みにするその才能、かの小野道風もこのようであったのではないだろうかと思われるようで、人々は目を見張りました。
「なんと、この人は古の玉藻前のようだ、恐ろしい。」
などと人々は言った。こうしているうちに、また杯が出てきた。父上が召し上がって、その後姫君に差し出しました。
「酒宴の場だ。めでたいことでも申し上げよう。」
続けます。
「俺の所領は700町となっているが、本当は2300町もっている。そのうち1000町を姫君に与えよう。また1000町を若へ。残り300町を三人で分けなさい。100町ずつかな。これに不満があるというなら、もう俺を親とも、自分を子とも思うなよ。」
これを聞いた兄たち、当然道理に合わないことだと思いますが、父上の命である以上、どうしようもありません。
「これからは若が惣領と思うこととしよう。」
と決めたのでした。こうして、姫君には母上に付き従っていた冷泉をはじめとし24人の女房がつくこととなりました。そして住まいは御曹司が過ごしている竹の御所へ。
ある修行者
月日が経ち、ある時、御曹司が言いました。
「なあ姫君よ。お前が普通の人ではないと私はどうしても思ってしまう。素性を明かしてくれないか。」
姫君はありのままを語ろうと思いましたが、継母の悪い話が立ってしまいかねないと思い、あれこれとはぐらかして、本当のことを話しませんでした。
その後、姫君は母の菩提をねんごろに弔ったのでした。さらに時は過ぎ、姫君は多くの子宝に恵まれました。喜ばしい限りです。我が子を見ると、自分を捨てた故郷の父が恋しく思われ、我が子たちにも合わせてやりたいと思うのでした。
さて、故郷の継母はというと、慳貪な性格であったので、召し使っていた者らも皆逃げてしまいました。その後貧しくなったため、一人いる我が子に言い寄ってくる男もいません。父と継母の仲も悪くなったので、貧しい今の生活に何の生きがいも感じられなくなりました。
「思い残すことも無い。」
と、父はどこへ行くかも分からず、修行にでかけたのでした。
「よくよく考えてみると、亡くなった妻は子がいないことを悲しみ、長谷の観音様に参詣して色々な祈りをしていた。そのご利益あってか、姫を一人もうけた後亡くなった妻。この時、姫が思いがけず片端者となってしまったのは何故か不思議に思ったが、すぐに継母が、実の親ではないからと色々とでたらめを言っては姫を追い出した。なんてかわいそうなことをしたかと思うよ。その体が普通であればよかったものを。今はどこかの浦に住んで、何か辛い目に遭っているのだろうよ。かわいそうな子だ。」
と思った父は、しばらくして長谷の観音様へ参詣し、
「鉢かづきとなってしまった姫がまだこの辛い世にいるというのなら、今一度会わせてくれませぬか。」
と、心の底から祈りを捧げたのでした。その後、御曹司は帝に気に入られて大和、河内、伊賀の三か国を賜ることとなりました。お祝いのために一族は長谷の観音様へ参詣しました。子らが花を飾り、金銀を散りばめながら賑やかに騒いでいました。
この時、姫君の父は観音様の御前で念仏を唱えてました。従者たちがお堂の中が狭いことを確認して、
「そこの修行者。どこかへ下がっていただきたい。」
と言って、縁の外へ追い出しました。傍らに動いた父は一行を見ては涙を流すのでした。人々が
「修行者よ、どのような思いで泣いておられるのか。」
と尋ねたので、父は自分の家系についてありのままに話し、
「恐れ多いながら、御一行におわします姫が我が娘にそっくりなのです。」
と言った。
これを聞いた姫君は、
「その修行者をここへ呼んでください。」
と言い、縁の上まであげました。暖簾の内にいた姫君。修行者は老齢により顔は痩せていましたが、さすがに親子のことなので、気づきます。人目を憚らず、
「私こそが、昔の鉢かづきです。」
と縁まで出てきました。
「これは夢か、現実か。ただただ観音様のご利益だ。」
と父。御曹司は言います。
「ということは、姫君は河内の交野の人だったのか。どうりで普通の人とは思えなかったわけだ。」
こうして、息子のひとりと、姫君の父と河内国の国守に参上させ、末代まで一族を繫栄させたのでした。また、御曹司は伊賀国に住まいを構え、その子孫が代々そこに住まいました。
長谷観音
これもただただ長谷の観音様のご利益だと思われます。
今日に至るまで、
「長谷の観音様を信じ申しあげればはっきりとご利益が訪れる」
と伝えられているのだとか。この物語を聞いたあなたは、常に観音様のお名前を十度ずつ唱えるべきです。
「南無大慈大悲観世音菩薩(なむ だいじ だいひ かんぜおん ぼさつ)」と。
頼みても なほかひありや 観世音 二世安楽の 誓ひ聞くにも
観音様というのは、やはり頼み甲斐がある存在なのだ。父と娘が、二世の安楽を誓ったように。母と娘が、この世とあの世の安楽を誓ったように。
二世は「にせ」と読み、この世とあの世の意です。また、親と子の二世もかかっています。
(『鉢かづき』終)
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