登場する場所
番号と対応した地図です。東北地方の名所は頻繁に立ち寄っていることが分かります。
11『白河の関』では、
16 白河の関
が該当します。
原文
心許なき日かず重るままに白川の関にかかりて旅心定りぬ
いかで都へと便求しも断也
中にも此関は三関の一にして風騒の人心をとどむ
秋風を耳に残し紅葉を俤にして青葉の梢猶あはれ也
卯の花の白妙に茨の花の咲そひて雪にもこゆる心地ぞする
古人冠を正し衣装を改し事など清輔の筆にもとどめ置れしとぞ
卯の花を かざしに関の 晴着かな
曾良
現代語訳
落ち着かない日々を重ねながら、白河の関までやって来て、ようやく旅に出る心が定まった。
どうにかして都に知らせたい、と便りを求めるのも尤もである。数ある関の中でも、この関は三関(鼠ヶ関(ねずがせき)、勿来関(なこそのせき)、白河関(しらかわせき))のひとつで、風雅を求める人々の心を惹く。
能因法師の歌
都をば 霞と共に 立ちしかど
秋風ぞ吹く 白河の関
春霞とともに都をたったというのに、白河の関に着いた今では秋風が吹いているよ。
源頼政の歌
『千載和歌集』秋下 三六五
都には まだ青葉にて 見しかども
紅葉散りしく 白河の関
都ではまだ青葉の紅葉の木を見ていたのに、白河の関にいる今は、紅葉が散り敷いているよ。
といった和歌の情景は思い浮かばれるが、やはり、青葉付く梢は、趣深い。
久我通光の歌
見て過ぐる 人しなければ 卯の花の
咲ける垣根や 白河の関
垣根に咲いている卯の花に、情緒を感じながら見て行くような人はいないではないか。ここ白河の関では。
のように、卯の花が垣根の茨にも咲き添えて、
僧都印性の歌
『千載和歌集』羇旅
東路も 年の末にや なりぬらむ 雪ふりにける 白河の関
都を立って時間が経つが、どうやらこの東路も年の末になったようだ。
この白河の関では雪が降っているよ。
のように、雪の季節を越えるような気持ちがした。
藤原清輔は『袋草紙』に「古の人は、この関を越える時、装束を正したのだ。」と記したそうだ。
曾良
卯の花を かざしに関の 晴着かな
古の人は、この関を越える時に晴れ着に着替えたというが、今の私なら、卯の花をかんざしにするかな。
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