プロフィール帳

『奥の細道』

時代:江戸

作者:松尾芭蕉

概要:自然や歴史、人の営みの美しさを見出した、東北・北陸を巡る紀行文学

9

オススメ度

7

日探重要度

5

文量

5

読解難易度

 

登場する場所

番号と対応した地図です。東北地方の名所は頻繁に立ち寄っていることが分かります。

18『武隈』では、

37 武隈

が該当します。

原文

武隈の松にこそめ覚る心地はすれ

根は土際より二木にわかれて昔の姿うしなはずとしらる

先能因法師思ひ出往昔むつのかみにて下りし人此木を伐て名取川の橋杭にせられたる事などあればにや

松は此たび跡もなし

とは詠たり

代々あるは伐あるひは植継などせしと聞に

今将千歳のかたちととのほひてめでたき松のけしきになん侍し

武隈の 松みせ申せ 遅桜

と挙白と云ものの餞別したりければ

桜より 松は二木を 三月越

現代語訳

武隈の松には目が覚める心地がした。

話に聞く通り、根は土際から二つに分かれていて、昔の姿は失われていないことが分かった。

とらちゃ
とらちゃ

その根拠の一例として、『後拾遺和歌集』橘孝通の歌を挙げます。

『武隈の松は二木を 都人 いかにと問はば みきと答へん』

「武隈の松は「二木」だといいますが、実際はどうでしたか。」と都の人に尋ねられたら、「みき(幹→1本)だったよ。」と答えよう。

そこでまずは、能因法師が思い浮かんだ。

その昔、陸奥守として下向した藤原孝義が、この木を切って名取川の橋杭にされたことがあったからだろうか。

能因法師は、『松は此たび跡もなし』と詠んだ。

とらちゃ
とらちゃ

『武隈の 松はこのたび 跡もなし 千歳を経てや 我は来つらん』

武隈の松は今や跡形もない。遥かな年月を経てからまた来るとしよう。

代々、ある者は切り、あるいは植え継ぎなどしてきたと聞いている。

そして今まさに、千歳の形が整った、素晴らしい松の姿となっている。

門下の挙白(草壁挙白のこと)が

武隈の 松見せ申せ 遅桜

遅桜よ。先生が武隈を訪れる時にはもう散っているだろうから、せめて武隈の松だけでも芭蕉先生に見せておくれよ。

という歌を旅の餞別にくれていたので、これを受けて詠む。

桜より 松は二木を 三月越(みつきごし)

江戸で桜を見てから武隈の二木の松を見るまでに三か月かかったよ。

もうそんなに月日は経ったのか。

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