プロフィール帳

『世間胸算用』

時代:江戸

作者:井原西鶴

概要:大坂の生活がよく見て取れる、処世術を記した本。

8

オススメ度

3

日探重要度

6

文量

7

読解難易度

 

現代語訳

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夢の中でも忘れるな

「夢の中でも、身過ぎのことを忘れるな。」

というのが、長者の言葉である。

心に思っていることというのは、必ず夢に見るものである。夢には、嬉しい内容もあれば、悲しい瞬間もある。このように、様々な夢があるわけだが、中でも、銀を拾う夢は、心のどこかで卑しいところがある。今の世の中、銀を落とす人などいないからだ。

とらちゃ
とらちゃ

江戸時代、

  • 江戸圏:金貨
  • 大坂圏:銀貨

が使用されていました。

それは、各人が自分の命を常に思い、心に懸けて暮らしているからである。どれほどの万日回向をしたとしで、銭一文落ちてない。

つまるところ、働かなければ、何も出てこない(得られない)のである。こうした貧者にとって、世渡りのための稼ぎといえば、働く他に手段はない。

これは、とある貧しい男の話である。一足飛びに分限になろうと思い、かつて江戸にいたことがある。その時、駿河町(現日本橋室町辺り)の店で、裸の銀が山のように積まれているのを見たことが、今でも忘れられない。

「ああ、今年の暮れには、あの銀の塊が欲しいものだ。敷革の上の新小判が、私たち貧しい者の寝姿ほどの大きさに積まれていたのだから。」

そう、他のことを考えられないほど一心に思い詰めて、紙衾の上に横になった。

12月30日の怪奇

話は晦日の曙である。女房が一人目を覚まし、

「今日という日を、どうやって過ごしたらよいかしら。」

と、身の振り方を案じながら、窓から差し込む東の明かりの方を見ると、何だか分からないが、小判の塊が一つあった。

「これはやったやった!天からのお恵みだわ。」

と喜び、

「あなた、あなた。」

と夫を呼び起こした。

夫が

「何だ」

と声を発したその瞬間、小判は消えて無くなってしまった。

とらちゃ
とらちゃ

原文には、「したりしたり」とあります。「やったぞ」「でかした」という意味ですが、これは「したり顔」という表現で、現代まで残っています。

「なんとまあ、惜しいことをした。」

と悔しがり、夫にこの出来事を話すと、夫は言った。

「俺が江戸にいたころだ。見かけた金子を欲しい、欲しいと思い詰めたあの一念で、少時小判が現れたのだろう。取り逃した小判一塊を惜しく思う卑しい身の上の悲しさを思えばだ、たとえ来世で救いから外れて奈落の底へ沈んでも良い、とにかく、佐夜の中山の無間の鐘を撞いてでも、この世での救われたい(暮らしを何とかしたい)ものだ。この目前(現世のこと)での暮らしというのは、福人は極楽、貧者は地獄なわけで、我々貧者は釜の下で燃やす薪さえない。まったく、なんと悲しい年の暮れだろうよ。」

このような悪い心を起こしたまま少し微睡んでいると、魂が入れ替わったかのような心地になって、白黒の鬼が車を轟かせながら、あの世とこの世との境目を見せてきた。これは夢だろうか、幻覚だろうか。

女房はこの有様を見てますます嘆き、夫に教え諭した。

「この世に、百歳まで生きる人がいるでしょうか。いませんよ。ですから、どうにもならない願いをするのは愚かなことですわ。お互い心変わりせずにいれば、これから先、めでたく年を取ることができます。あなたが手前(ここでは「自分たち」の意)の暮らしを思って、嘸悔しい思いをしているのは、よく分かりますわ。でも、このままでいては、私たち三人とも渇命してしまいます。一人息子の後々のことを考えても、私に奉公先があれば幸いだと思いませんか。あの子を自分の手で育てることが、将来の楽しみなんです。捨ててしまう(身売りのこと)のは酷いですから、どうかひたすらにお願いしますわ。」

そう言って涙をこぼすので、夫も男の身でありながら悲しく思った。あれこれと返す言葉も無いので、目を閉じるしかない。

1年間の奉公へ

女房の顔を見ないようにしているところへ、墨染あたりに住んでいる人置の嚊(ここでは単に「女」の意)が、六十過ぎの老婆を連れてやって来た。

とらちゃ
とらちゃ

老婆は、雇い主です

「旦那様、昨日も申し上げましたとおり、こちらの奥様は乳袋もよいので、がらりに八十五匁を貰えるうえに、四度のお仕着せもいただけるのです。忝ないことだと思いなされ。雲を突くほどの大飯を炊くような者ですら、布織りまでして、半年で三十二匁になります。これだけ頂けるのは、何事も乳のおかげだとお思いなされ。また、こちらの奥様が奉公先が嫌になっても、既に京町の方で奉公先を見立ててあります。今日の話ですから、また今度。で同じような機会はございませんよ。」

内儀は機嫌よく答えた。

「何をするにしても、生計を立てるためでございますわ。大切な若子を預かって、お世話が務まるでしょうか。。。私はもちろん奉公に出ることを望んでおります。」

女房は夫に何も言わず、

「少しでも早くそちらへ参りますわ。」

と言い、お隣から硯を借りてきて、一年間の奉公手形を取り決め、銀を残らず受け取った。人置の嚊は手際よく、

「後になって(考え直したところで)同じことですよ。これは世の中の定めなのです。」

と言った。

とらちゃ
とらちゃ

世の中の定めとは、「貧者は奉公して金を稼ぐしかない。断ったところで生計の手立てが無いから、断りようがない。世の中そのようなもの。」ということです

そして、八十五匁数三十七と書き付けてある書附の中から、仲介料として八匁五分を厘として差し引き、

「さあ乳母どの。身拵えするまでないでしょうから。」

と言って、女房を連れて行こうとした。

夫婦で涙を流した。

女房は涙で赤くなった顔で、

「おまん、それじゃあね。おかあは旦那様のところへ行って来るよ。お正月になったら遊びに来るからね。」

と言い残し、両隣の人たちに何やら頼みごとをしてはまた泣いていた。

人置の嚊は気丈に、

「親がいなくても子は育つものです。打ち殺しても死なないものは死にません。それでは旦那様、さようなら。」

と言うばかりに、出て行った。

この上様は世の中の有様を目にして、

「自分の孫だったら可哀想なのはもちろんじゃが、他人の子の無理やりな乳離れも気の毒なものじゃよ。」

と、振り返って二人を見ると、人置の嚊は、

「世の中、銀が仇なのです。この娘は、死んだらそれまでのことですよ。」

と、母親に聞こえているにも関わらず、そう言いながら、連れて行ってしまった。

大晦日の夜

やがて、大晦日の夕暮れ時になった。この男は、無常の思いに襲われた。

「俺は、死んだ親から十分な財産を譲り受けていたというのに、胸算用が下手だったから江戸を立ち去るまでになった。そして今、伏見の里に住んでいる。これも、女房たちの情けがあったからこそだ。大福餅だけしか祝えないことになったとしても、新春を二人揃って迎えることが楽しみだった。」

その志は遂げられなかった。なんとも哀れなものか。

香ばしい二膳の箸を買い置きしてあったのが、棚の端に見えたので、それを取って

「一膳はいらない正月だ。」

と言ってへし折り、鍋の下で燃やしてしまった。

夜が更けても、この子が泣きやまないので、隣の女房たちが訪ねてきて、摺り粉に地黄煎を入れて焼き直し、竹管を使って飲ませる方法を教えてくれた。

女房たちは、

「はや一日経っただけなのに、気のせいか、あの子は痩せてしまったようだ。」

と言う。

男は、

「まったく、どうしようもねえ。」

と腹が立って、手に持っていた火箸を庭へ投げ捨てた。

「旦那様はお気の毒ですが、お内儀様は果報です。奉公先の旦那様は、綺麗な女房を使うのがお好きな方なんですよ。とりわけ、お内儀様は、この間亡くなられた奥様に似たところがあります。本当に、後添いとして来た女性が醸し出す、しおらしいところが、そのままそっくりなのですよ。」

男はその話を聞くやいなや、

「先ほどの銀は、そのまま残っているのだな。それを聞いたからには、たとえ命が終わることになっても構わない。その時はその時だ。」

と言って、駆け出して行っては女房を取り返した。

こうして、二人は涙ながらに新年を迎えたのであった。

とらちゃ
とらちゃ

奉公先の旦那や人置などから、打首にされても構わないという意味です。

まとめ

この話の面白さは、貧しさが人の心や家族の絆をどこまで追い詰めるのかを、年の瀬の出来事を通して描いている点でしょう。

男は一攫千金を夢見て苦しみ、妻は家族を養うため、幼い息子を残して乳母奉公に出ようと苦しみました。そこには、親子の情愛さえも金銭の問題に左右される、江戸時代の厳しい現実があったことを突き付けられます。

しかし、奉公先の主人が妻を亡き妻の面影と重ねていると知った男は、妻を取り戻すために駆け出しました。

金に執着していた男が、最後には家族を選ぶ姿には、人間の弱さと情の深さが表れているといえましょう。

金銭に振り回されながらも、家族を思う心は失われない。滑稽さと切なさが共存しているところがこの話の深さです。

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