<画像:文観開眼『絹本著色後醍醐天皇御像』(清浄光寺蔵、重要文化財)『Wikipedia 』>
作者不詳 鎌倉
鎌倉時代末期に書かれた風刺文。極めて的確に、そしてリズミカルに書かれている。「北条高時」や「建武の新政」を批判している箇所もある。
落書とは?
落書というのは、「落書き」のことで、それに加えて特徴が2つあります。
- 作者不詳であること
- 社会を風刺した内容が多い
高校日本史においては、落書はこれが最初で最後の登場となりますが、詳しく史料を読んでいくと、
分国法のひとつ、相良氏による『相良氏法度』において、落書について言及されています。
時代背景
この作品が書かれたのは1336年、つまり、後醍醐天皇による建武の新政が行われていた時期です。建武の新政では、延喜・天暦の治を模倣した政治体制が敷かれますが、武士の世となった鎌倉末期に、律令期の政治制度を導入するとなると、当然大きな混乱が発生、世の中は荒廃していきました。
この『二条河原落書』では、そんな建武の新政期における社会の有り様をリアルに示しています。その混乱を皮肉たっぷりに、リズミカルに表現しているので、現代語訳もできるだけリズミカルにしました。
建武の新政前後の歴史の動向は室町時代に成立した歴史物語『梅松論』に書かれています。
読みやすい作品なので、こちらも参照してみてください。
都で流行ってるもの
落書に書かれている流行りものを先に箇条書きにしました。
- 夜の強盗
- 偽の綸旨
- 嘘騒動
- 人殺しが横行
- 還俗と出家
- 大名気取りの不遜者
- 路頭に迷う放浪者
- 所領の安堵と恩賞を狙って述べる嘘手柄
- 本領安堵を目的にふるさと離れる訴訟人
- へつらう者
- 噓事を並べて訴訟に臨む者
- 仏門知らずの破戒僧
- 下剋上する成り上がり
- 公正な判決できる人が一人もいない決断所
- 貴族ぶる武士
- 賢者顔で天皇に奏上するエセ賢者
- 煩悩にまみれた京侍
- 京侍にナンパされてついていく人妻たち
- 尾羽が粗悪な偽の鷹
- 鉛で出来た大刀
- 骨組み五本の派手扇
- 大きい輿
- 痩せた馬
- 薄小袖
- 古甲冑の質入れ
- 籠に乗って出仕する関東武士
- 精好織りの大口袴
- 使わない鎧・直垂(ひたたれ)の保管
- 犬追物での落馬
- 我流の小笠懸
- 一座不調和のエセ連歌
- いたる所で開かれる下手くそ連歌の審査員
- 田楽
- 闘茶(賭博)で集まる寄合
- 簡易的な狼煙を上げる篝屋
- 陣幕のように簡易的な役所
- 未完の家
- 無闇やたらな差し押さえ
- 職に就かない兵士ら
- 会う度世話ばなし
- 牛馬を好む公家
- 鎌倉の名門武家の没落
- 大した忠義を持たずに破格の出世をする者
- 上司の機嫌取り
- 奇妙ものを見聞きして不思議がる
「これは1割に満たない。」と最後に書いてあるので、450個も流行りものがあったのでしょう!(真に受けるなとの意見はなしで)
原文
建武三年二月日
口遊。去年八月二条河原落書云々。(元年歟)
此比都ニハヤル物。夜討強盗某綸旨。
召人早馬虚騒動。生首還俗自由出家。
俄大名迷者。安堵恩賞虚軍。
本領ハナルゝ訴訟人。文書入タル細葛。
追従讒人禪律僧。下剋上スル成出者。
器用ノ堪否沙汰モナク。モルゝ人ナキ決断所。
キツケヌ冠上ノキヌ。持モナラハヌ笏持テ。
内裏マジハリ珍シヤ。賢者ガホナル伝奏ハ。
我モゝゝトミユレドモ。巧ナリケル詐ハ。
ヲロカナルニヤヲトルラン。為中美物ニアキミチテ。
マナ板烏帽子ユガメツゝ。気色メキタル京侍。
タソガレ時ニ成タレバ。ウカレテアリク色好。
イクソバクゾヤ数不知。内裏ヲガミト名付タル。
人ノ妻鞆ノウカレメハ。ヨソノミルメモ心地アシ。
尾羽チレユガムエセ小鷹。手ゴトニ誰モスエタレド。
鳥トル事ハ更ニナシ。鉛作ノオホ刀。
太刀ヨリ大ニコシラヘテ。前サガリニゾ指ホラス。
バサラ扇ノ五骨。ヒロコシヤセ馬薄小袖。
日銭ノ質ノ古具足。関東武士ノカゴ出仕。
下衆上﨟ノキハモナク。大口ニキル美精好。
鎧直垂猶不捨。弓モ引エズ犬遂物。
落馬矢数ニマサリタリ。誰ヲ師匠トナケレドモ。
遍ハヤル小笠懸。事新キ風情ナク。
京鎌倉ヲコキマゼテ。一座ソロハヌエセ連歌。
在々所々ノ連歌歌。点者ニナラハヌ人ゾナキ。
譜第非成ノ差別ナク。自由狼藉世界也。
犬田楽ハ関東ノ。ホロブル物ト云ナガラ。
田楽ハナヲハヤルナリ。茶香十炷ノ寄合モ。
鎌倉釣ニ有鹿ト。都ハイトゞ倍増ス。
町ゴトニ立篝屋ハ。荒涼五間板三枚。
幕引マハス役所鞆。其数シラズ満ニタリ。
諸人ノ敷地不定。半作ノ家是多シ。
去年火災ノ空地共。クワ福ニコソナリニケレ。
適ノコル家々ハ。点定セラレテ置去ヌ。
非職ノ兵仗ハヤリツゝ。路次ノ礼儀辻々ハナシ。
花山桃林サビシクテ。牛馬華洛ニ遍満ス。
四夷ヲシヅメシ鎌倉ノ。右大将家ノ掟ヨリ。
只品有シ武士モミナ。ナメンダウニゾ今ハナル。
朝ニ牛馬ヲ飼ナガラ。タニ変アル功臣ハ。
左右ニオヨバヌ事ゾカシ。サセル忠功ナケレドモ。
過分ノ昇進スルモアリ。定テ損ゾアルラント。
仰テ信ヲトルバカリ。天下統一メヅラシヤ。
御代ニ生デテサマゞゝノ。事ヲミキクゾ不思議トモ。
京童ノ口ズサミ。十分一ヲモラスナリ。
定。
現代語訳
建武三年(1336)二月。
近ごろ都で流行ってる、ことを列挙してみよう。
夜の強盗 偽の綸旨
騒ぎがあると早馬を 出した結果は嘘騒動
人殺しが横行し 還俗自由、出家自由
大名気取りの不遜者 路頭に迷う放浪者
所領の安堵と恩賞を 狙って述べる嘘手柄
本領安堵を目的に ふるさと離れる訴訟人
訴え状を懐に 上洛したと分かるのは 小さいつづらに入れるから
決まって身なりが 皆同じ
へつらう者から噓事を 並べて訴訟に臨む者
仏門知らずの破戒僧 下剋上する成り上がり
能力の有無も調べずに 無謀な採用したせいで 公正な判決できる人 一人もいない決断所
着たことのない 装束着 持ったことない 笏を持ち 貴族に混じるその姿 今も昔も例にない
賢者顔で天皇に 奏上しているエセ賢者 我も我もと述べるけれど 巧みにものを言うようで 詐欺まがいの嘘である。
ああ、役人に比べて劣ること劣ること。
美味美食の限りを尽くし 烏帽子を自由に被っては 色っぽくする京侍
夕暮れ時になったなら 浮かれて歩く情事好き
どれほどたくさんいることか 彼らがこうになったのも 建武政治のおかげさま
そのため彼らに宮中は 「内裏拝み」と呼ばれてる
こんな彼らの誘惑に 人妻たちは浮かれ行く よそ目に見ても厭わしい
尾羽が粗悪な偽の鷹 誰もがこれを手に入れて 飼ってその手に止まらすも
いざ鷹狩りに使われず そもそもこれは鷹に非ず 形だけの役立たず
同じような物で言や 鉛で出来た大刀
太刀より大きくこしらえて 得意顔で脇に差す
徐々に前に下がっては 指で戻すその姿 なんと言えぬ不格好
他に都で流行るのは 骨組み五本の派手扇
大きい輿に痩せた馬 誰もが着ている薄小袖
生計の足しにするために 質屋に入れる古甲冑
関東武士は大胆に 籠に乗って出仕する
身分上下の区別なく 誰もが着ている大口袴 精好織りでできている
本来貴族が着てるもの 今は使いもしないのに
鎧・直垂(ひたたれ)捨てず保管 弓も引けなくなった今
犬追物をしてみれば 馬から落ちる回数は 矢を射るよりも多いザマ
誰かに師事することもなく 大流行の小笠懸
我流で弓射るその様は とても風情とは言えぬもの
公家の京と武士の鎌倉 二者の流派を混ぜ合わせ
新たに誕生したものは 一座不調和のエセ連歌
世辞でも連歌と 言えはしない
あそこ何処ぞで開かれる 下手くそ連歌の評価には
風流もクソも無いために 誰でもなれる審査員
本来連歌の評価には 権威ある人お呼びする
系譜の長いと家柄と そうでない家の区別なく
秩序が消えたこのご時世
賭博の一種の闘犬と 宴と称した田楽に
ハマった北条高時が 幕府滅亡に導いた
そうと人は知りながら 田楽はなお流行り物
闘茶で集まる寄合は 鎌倉地方に多くあり 負けず嫌いかは知らないが
都で寄合 倍増す つまり賭博が大流行
治安維持に作られた 狼煙を上げる篝屋は
五間の板と三間の 板で作られた小施設
各地で見られるお役所は 陣幕の如く簡易的
簡素な作りであるが故 あちらこちらで作られて
今ではその数いざ知らず
都の人の一部では 住む家さえも定まらず
自ら家を造るため 未完の家がこと多い
去年の火災で焼け落ちて 空き地となったその場所が
彼らの住処となっていく
良いことのように見えるけど 何も解決していない
一方火災に耐えきって 焼け残った家々は 無闇やたらに差し押さえ
金目のものだけ取るくせに 取り壊すようなこともせず
そのままその場に捨て置かれ
職に就かない兵士らが 都で徐々に増えている
すれ違い時の礼儀なく 会う度会う度世話ばなし
都に住まう公家たちは 山に咲く花林の桃に
風流(ふりゅう)を見出す こともしない
代わりに彼らが愛でるのは 都に溢れる牛馬たち
東西南北日ノ本に 武威を示した頼朝が
作った掟に従って 高位や権威を得た武家も
今は残らず落ちぶれる
朝は主人の馬の世話 夕は事件の手柄あげ
そんな功績ある者も 都に多少はいるわけで
右に出てくる者はない
そんな忠義者いる反面 大して忠義を持たぬのに
破格の出世をする者が はびこっている今の時世
真面目に働く者たちが 不憫に見えないわけが無い
自分に損があるかもと 思って起こす行動は
上司を仰いで機嫌取り
こんな都の状況で 天下を上手く治めてる
見事な政治は例がない
後醍醐天皇御座します 建武の時代に生きる今
都に住まう者たちは 色んな奇妙なものを見て
色んな奇妙なことを聞き その都度その都度 不思議がる
京の人が口ずさむ 噂や話を長々と
二条河原に書き留めた。
それでも全体からすれば 一割ほどしか書いてない
単語帳
原文に登場する単語の意味を解説しています。
綸旨
蔵人が天皇の意向を汲み取って発令する命令書
出家と還俗
出家と還俗には制限があり、特に出家に関しては年間の出家できる上限人数が決まっていた(意見封事十二箇条参照)。
追従(ついしょう)
こびへつらうこと
讒人(ざんにん)
噓偽りを並べて訴える人
禅律僧(ぜんりつそう)
律僧とは、自戒している(仏門の規律を守る)僧
禅なので、禅宗の僧
堪否(かんぷ)
能力があるかないか
決断所
雑訴決断所のこと。建武の新政の方針により訴訟関係の業務が記録所(国の最高決定所)に集中したため、雑訴を別で扱う機関が必要とされた。
それで誕生したのが雑訴決断所である。急務であったため無謀な人材登用が行われた。
為中美物
美味しい料理
いくそばく
幾そ許。どれほどたくさん
ばさら扇
婆娑羅。傾奇者(かぶきもの)のことで、派手な格好をした。
ばさら扇とは、ばさらの者を描いた扇。ばさらの者を描いた作品を「ばさら絵」と呼ぶ。
具足(ぐそく)
甲冑のこと。
大口
大口袴のこと。表袴や直垂(ひたたれ)の下に履く。表袴の下に履く場合、紅色の大口を履いたことから、赤大口と呼ばれる。公家や武士といった身分の高い人が履くのが通例であった。
美精好(びせいこう)
美しい精好織(せいごうおり)のこと。絹織物のひとつで、貴族が着用していた。
犬追物(いぬおうもの)
鎌倉時代に流行した武芸のひとつで、騎乗から犬を目掛けて矢を射る。笠懸(かさがけ)、流鏑馬(やぶさめ)と並んで「馬上の三物(みつもの)」と呼ばれた。
小笠懸(こかさがけ)
笠懸の小規模版
こきまぜる
混ぜ合わせる
点者
連歌を評価する審査員
譜第
譜代に同じ
犬田楽
『太平記』に書いてある。
茶香十炷(ちゃこうじっちゅ)
十種の茶と香を当てる博打
釣り
「釣り合い」の釣りの部分。二者が均衡である状態を「釣り合い」という。そのため釣りは一方の程度の大きさのことをいう。ここでは、流行り具合。
点定
差し押さえること
なめんだら
秩序がない様。だらしない様。
まとめ
塙保己一 編『群書類従』第十六輯,経済雑誌社,明治34. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/1879557 (参照 2024-03-10) コマ番号266