文学

物くさ太郎<挿絵付き全現代語訳>②都での働き~押し問答

物くさ太郎現代語訳の2本目です
作品を知ろう!!!

作者不明室町

御伽草子のひとつ。しがない男の出世物語。

さて、上洛することになった物くさ太郎は無事都にたどり着けるのでしょうか?

楽しく読むために

前回の現代語訳の要約です。

前回のあらすじ

面倒くさがりの物くさ太郎。ただでさえ面倒くさがりなのに、国司に気に入られては里中の人々に養われ、さらに物くさを極めて過ごしていました。そんなある日、都へ夫役を送る者を決めるよう命令が出ます。里中の人からの説得を受けた物くさ太郎はこれまでの恩義を感じて夫役を引き受け、都に一人上るのでした。

前回の現代語訳はこちらです。こちらでは、『御伽草子』についての解説も行っています!

物くさ太郎の現代語訳です
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今回、記事中に挿絵を挿入しました。引用は下の通りです。

挿絵引用

稀書複製会 編『物くさ太郎 : 新板絵入』上,米山堂,昭和9. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/1192400

稀書複製会 編『物くさ太郎 : 新板絵入』下,米山堂,昭和9. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/1192405

現代語訳②

都での働き

信濃から都へは東山道を通ります。道中多くの宿駅を通りましたが、物くさ太郎は上洛を面倒くさがって宿駅に長く逗留するようなことはありませんでした。この旅路を一向に面倒くさいと思わなかったのです。

七日間の旅路を経て、ついに都へ到着しました。

「私は、信濃国より参上しました長夫でございます。」

と物くさ太郎が言うと、人々は彼を見て笑いました。

「これほど色が黒くて汚い者がこの世にはいたのだな。」

というのです。これを聞いた大納言殿は

「どのような者であっても、真面目に仕えるのであればそれでよい。」

と仰って、物くさ太郎を召し使うことにしました。

都の様子は信濃国よりも優れていました。東山、西山、御所、内裏、お堂、お宮、お社のすばらしく尊いその有り様は言い尽くせません。

物くさ太郎はというと面倒くさがるような様子は見られず、むしろ真面目によく働きました。これほど真面目に働く者はいない、ということで、三か月間であった公事を七か月間に延長されたほどです。

上洛して七か月が経った十一月。彼は暇をいただきました。[せっかくなので国に帰ろう。]ということで、これまで泊まってきた宿に帰り支度をしますが、その前に身の上のことを思いめぐらしました。

[上洛する前に「よい人を見つけて連れ添って帰ってくるといい。」などと言われていたが、いざ一人で帰郷しようとなるとあまりにも寂しいではないか。妻となる人を一人探し尋ねよう。]

そう思っては、宿の亭主を呼びました。

「故郷の信濃へ下ります。可能であれば、私のような者の妻となってくれる女を一人探し尋ねていただきたい。」

「どのような者が、あなたの妻となりましょうか。」

亭主に笑われてしまいました。

「探すことは簡単なことなんですがね、夫婦となるということは大ごとなんです。遊女の中から相手を探すと良いでしょう。」

「遊女とは何ですか。どのような人なのですか。」

「夫のいない女のことを遊女というのです。呼んで、会う代わりに銭を与えるのです。」

「そういうことでしたら、探し尋ねてきてください。帰郷のための小遣いが十二、十三文あります。これを与えてください。」

亭主は、[それにしてもまあ、これほどの愚か者(田蔵田)はいない。]と思いつつも続けます。

「では、辻取をなさるといい。」

「辻取とは、何ですか。」

「男を連れず、輿にも乗っていない女を連れ去って妻にすることを言います。容姿美しく、自分が気に入った女を連れ去るのです。これは世間で許されている行為なのですよ。」

「そうですか。ならば、連れ去ってみましょう。」

「十一月十八日、清水に行って狙うと良いですぞ。」

そう教えると、「それでは。」と言って物くさ太郎は宿から出るのでした。

清水での出会い

その日の格好は、信濃にいた時から長い間着ていた模様も何も見えない麻の帷子に、藁で出来た縄を帯にし、破れたボロボロのを履き、呉竹の杖を片手に備えるというものした。

清水に向かったは良いものの十一月十八日はもう冬です。風は非常に強く、いかにも寒い日でした。物くさ太郎は、鼻をすすりながら清水の大門で大手を広げる格好でぼーっと立っていました。立ち姿はまるで、焼けた卒塔婆のようでした。

目に留まるような女が来るのを待っていたのですが、参詣から帰る人々は[ああ恐ろしいことだ。何を待ってこのようにしているのだろう。]と思い、彼を避けて脇道を通りました

物くさ太郎の前を通るとはいえ、近づこうとする者は一人もいません。

あるいは、十七、十八、二十歳より下ほどの若い女が五十人ほどの集団で通ったことがありましたが、彼女らは彼を一目しか見ませんでした。

朝から晩までこのようにぼーっと立っていたわけなので、彼の前を通った者は幾千万といたのですが、物くさ太郎は「あれも違う、これも違う。」と目利きを続けていました。

そんなところに、十七か十八歳くらいと思われる女が目に留まりました。容姿はまるで春の花。翡翠のような透き通った髪に、美しい青黒の眉墨はまさしく遠山の桜(遠くから見ても美しいと分かるの意)。そして、あでやかな両鬢はまさしく秋の蝉の羽(美しいの意)。

三十二相八十種好では飽き足らずに更に金色をまとった仏、といわんばかりの優れた容姿。土で汚れているはずの足のつま先までも眉の愛敬と同じような感情が抱かれました。

女の格好は、様々な色の単衣を重ね着し、何度も染めて美しく染め上がった紅の袴をはき、裏のない草履を履いていました。また、その美しい髪には梅になぞらえたような美しいかんざしが挿してありました。傍には、女に見劣りしないほどの下女が一人。

物くさ太郎はこれを見て、

[ついに、ここに我が妻が現れたといってよい!ああ、早く近づいて抱きつこう。口づけもしたい!]

と思い、今か今かといった様子で、大手を広げて待ち構えました。

女はこれを見て下女を呼びました「あれはなんですか。」「人でございます。」

[ああ恐ろしいことだ、どのようにしてあの辺りを通ればよいだろうか。]と思った女は脇道に逸れてました。

物くさ太郎はこれを見て、

[嘆かわしいことだ。あちらへ行ってしまう。手遅れになっては望みは叶わない。]

と思ったので、大手を広げてさっと寄り、美しい顔のある笠の中へその汚い顔を入れて、顔と顔をくっつけて言いました。

「いかにも、そこの女。」

腰に抱きついて女を見上げるも、女は途方に暮れて全く返事しません。行き交う人々はこれを見て[ああ恐ろしいことだ。かわいそうに。]と思いますが、誰一人彼らに近づきませんでした。

物くさ太郎は強く迫って言います。

「いかにも、女よ。久しぶりにお会いしが気がするよ。大原神社、静原、芹生の里、革堂、河崎、中山、長楽寺、清水、六波羅、六角堂、嵯峨、法輪寺、太秦、醍醐、栗栖、木幡山、淀、八幡、住吉、鞍馬寺、五条の天神、貴船の明神、日吉山王、祇園、北野、賀茂、春日、至る所でお会いしましたね。何かのご縁です。私とどうですか?どうですか?」

これを聞いた女はすぐに勘づきました。

[なるほど、この者は田舎者で、宿の者が『辻取をするとよい。』などと教えたな。よし、この程度の者なら騙してやろう。]

押し問答

そう思った女は「それはそれは。そういうこともありましょう。今このような場所では人目も多く憚れますから、私の屋敷においでください。」と答えました。

「どこにあるのですか。」こう質問された時、女は話すのが嫌になって、[調子のよい言葉をかけて返事される間に逃げてしまいたい。]そんな気持ちでいっぱいになってしまいました。

「我が家は『松のもと』という所にございます。」

「なるほど、心得ました。『松のもと』ですね。『明石の浦』のことでしょう。」

このような身なりの者が知っているとは、これほど珍しいことはない。女は、[『松のもと』が分かるとは。このことは知っていても、他のことは知らないだろう]と思い、

「ただし、『日暮るる里』ですよ。」

と教えた。さすがにこれは知るまい。

「なるほど、これも心得ました。『鞍馬』はどのあたりですか。」

まさかの知ってた。

「これも私の故郷です。『燈火(ともしび)の小路』を訪ねてください。」

「『油の小路』はどのあたりですか。」

「これも私の故郷です。『恥づかしの里』ですよ。」

「『しのぶの里』はどのあたりですか。」

「これも私の故郷です。『表着の里』ですよ。」

「『錦の小路』はどのあたりですか。」

「これも私の故郷です。『慰む国』ですよ。」

「それは、恋して『近江国』ですね。どのあたりですか。」

「『化粧する曇りなき里』ですよ。」

「『鏡の宿』はどのあたりですか。」

「『秋する国』ですよ。」

「『因幡国』はどのあたりですか。」

「これも私の故郷です。『二十の国』ですよ。」

「『若狭国』はどのあたりですか。」

これではきりが無い。[もう、どうこう言っても逃れられない。いやいや、和歌を詠みかけて、返歌を考えている間に逃げよう。]と思い、物くさ太郎が持っていた唐竹の杖になぞらえて、詠みます。

唐竹を 杖につきたる ものなれば ふしそひがたき 人を見るかな

あなたは唐竹の杖をお持ちですね。竹の節は縁の区切りを意味しますから、私はあなたと添い遂げることはできません。私は今、そんな人を見ています。

物くさ太郎はこれを聞いて、[ああ残念だ。さては私とは寝るまいと仰せなのですね。]と思い、返します。

よろづ世の 竹のよごとに そふふしの など唐竹に ふしなかるべき

限りなく長いこの世の中。竹に節があるように、世の中にも節目というのがあります。私と添い遂げるという人生の節目です。どうして唐竹に節がないでしょうか、どうして私と添い遂げないでしょうか。

[ああ恐ろしいことだ。この男は私と寝たいと言う。身なりは私と似合いませんことよ。とはいえ、このような和歌の道を知っているとは。その点は上品です。]

離せかし 網の糸目の しげければ この手を離れ 物語せん

離れていただけませんか。今、網の糸目が細かいように、人目が多い状況です。この場所を離れて語り合いましょう。

物くさ太郎はこれを聞いて、[手を放せと仰っているのだな。どうしようか。]と思い、

何かこの 網の糸目は しげくとも 口を吸はせよ 手をばゆるさん

人目が多いことがなんですか。口づけをしましょう。そうすれば手を放します。

と返しました。

女は[時が解決するかと思いましたが、そうはいきそうにありませんね・・・]と思い、こう詠みました。

思ふなら とひても来ませ わが宿は 唐橘の 紫の門

私のことをそんなに思うなら尋ねに来てください。我が家は唐橘の紫の門です。

物くさ太郎はこの歌の意味を案じて少し手を緩めました。すると女は手を振り払い、笠どころか着物や草履までも脱ぎ捨て、下女も連れないで裸足で散り散りになって逃げたのでした。

[ああ、情けない。良い女を見つけたのに、逃してしまうではないか。]

物くさ太郎は唐竹の杖を短く持ち、「女よ、どこへ行くのだ。」と、追いかけだしました。

 

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