プロフィール帳

『奥の細道』

時代:江戸

作者:松尾芭蕉

概要:自然や歴史、人の営みの美しさを見出した、東北・北陸を巡る紀行文学

9

オススメ度

7

日探重要度

5

文量

5

読解難易度

 

登場する場所

番号と対応した地図です。東北地方の名所は頻繁に立ち寄っていることが分かります。

32『象潟』では、

88 鳥海山

89 象潟

90 干満珠寺(蚶満寺)

91 汐越

が該当します。

原文

江山水陸の風光数を尽して今象潟に方寸を責む

酒田の湊より東北の方山を越礒を伝ひいさごをふみて其際十里日影ややかたぶく比

汐風真砂を吹上雨朦朧として鳥海の山かくる

闇中に莫作して雨も又奇也とせば

雨後の晴色又頼母敷と蜑の苫屋に膝をいれて雨の晴を待

其朝天能霽て朝日花やかにさし出る程に象潟に舟をうかぶ

先能因島に舟をよせて三年幽居の跡をとぶらひむかふの岸に舟をあがれば花の上こぐとよまれし桜の老木西行法師の記念をのこす

江上に御陵あり

神功后宮の御墓と云

寺を干満珠寺と云

比処に行幸ありし事いまだ聞ずいかなる事にや

此寺の方丈に座して簾を捲ば風景一眼の中に尽て南に鳥海天をささへ其陰うつりて江にあり

西はむやむやの関路をかぎり東に堤を築て秋田にかよふ道遥に海北にかまへて浪打入る所を汐ごしと云

江の縦横一里ばかり俤松島にかよひて又異なり松島は笑ふが如く象潟はうらむがごとし

寂しさに悲しみをくはへて地勢魂をなやますに似たり

象潟や雨に西施がねぶの花

汐越や鶴はぎぬれて海涼し

祭礼 曾良
象潟や料理何くふ神祭

蜑の家や戸板を敷て夕涼

みのの国の商人低耳

岩上に雎鳩の巣をみる

波こえぬ契ありてやみさごの巣

曾良

現代語訳

数々の風光明媚な海、山、水、陸を見尽くしてきたが、今、象潟(きさかた。秋田県にかほ市にある地名・景勝地)に方寸(ほうすん。心の面積)を奪われている。

酒田の港から東北のほうの山を越え、磯を伝い、さご(砂のこと。真砂(まさご)は、砂の美称)を踏んで進んだ。

十里ほど進んで日がやや傾いてきた。

潮風は砂煙を吹き上げ、雨は景色を朦朧とさせて鳥海山(ちょうかいざん。酒田と象潟の間にある2000mを越える山)は霞んで見えない。

とらちゃ
とらちゃ

酒田から象潟まで約十二里です

闇の中を模索した。

蘇軾が『雨も又奇也』といったこと思い出して雨後の晴色を思うと、晴れとは違った景色が広がっていて頼もしく思う。

そして、能因法師の歌を思いながら、蜑(あま。海人)の質素な家に膝を入れて(泊まって)、雨が晴れるのを待った。

とらちゃ
とらちゃ

蘇軾『飲湖上初晴後雨』
水光瀲灔晴方好
山色空濛雨亦奇
欲把西湖比西子
淡粧濃抹總相宜

水面が瀲灔(れんえん。水面が波立って光り煌めく様)としている。晴れた日の西湖は素晴らしい。

山の色が空濛(くうもう。霧雨で空が薄暗い様)としている。雨の日の西湖もまた心惹かれる。

西湖を西施に例えるとするなら、

淡粧(たんしょう。薄化粧)も、濃抹(のうまつ。厚化粧)も、どちらも美しいといったところか。

とらちゃ
とらちゃ

能因法師

『世の中は かくても経けり 象潟の 海人の苫屋を わが宿にして』

人の世とは、このように何とかしながら過ごしていくものだ。象潟の漁夫の粗末な小屋を、今の自分の我が家にして。

翌朝、空はよく晴れて、朝日が華やかに出てきた頃、象潟で舟に乗った。

とらちゃ
とらちゃ

原文にある、霽(は)て、とは、雨が止んで晴天になることを言います。

まず、能因島に舟を寄せて、能因法師が3年間幽居(世俗を離れてひっそりと暮らすこと)した跡を訪ねた。その後、対岸に舟から上がると、

象潟の 桜は波に うづもれて

花の上こぐ あまの釣り舟

象潟の海に散り敷かれた桜の花屑が、波にのまれていく。その美しい桜の花屑の上を、漁夫の釣り舟が漕いでいったのだ。

と詠まれた桜の老木、西行桜があるが、これは西行法師に詠まれた記念として、今に残っている。

入江のほとりに御陵があった。

神功皇后(第14代仲哀天皇の皇后。三韓征伐を行った、伝説的女性統率者)の御墓だという。

寺は干満珠寺(蚶満寺かんまんじ のこと)というのだが、天皇がここへ行幸した話は聞いたことがない。どういうことだろうか。

この寺の方丈(住職が住む、四方が囲まれた狭い部屋)に座して簾を巻き上げると、象潟の風景が一望できた。

南に鳥海山が天を支えるように聳え、その影が入江に映り込んでいる。

南は有耶無耶になっている関が道を止め、東には堤を築いて秋田へ続く道が遥かに見え、海は北に構えていた。

波が打ち入る所は汐越という。

入江は縦横一里ほどで、面影は松島に似通っているような、異なっているのような。この素晴らしい景色に、松島は笑っているだろうし、象潟は恨んでいるだろう。

寂しさに悲しみを加えたようなその地の魂は、心を悩ませているようにも見える。

象潟や 雨に西施が ねぶの花

雨に濡れた象潟の合歓(ねぶ)の花は、まるで西施(せいし)が眠っている(寝ぶ)ように美しいよ。

合歓は、ねぶやむねといい、夜になると葉が合わさって閉じる「就眠運動」をすることから、眠る(寝ぶ、眠)の木と呼ばれます。
西施は、中国の四大美人(西施、王昭君、貂蝉、楊貴妃)の一人で、春秋時代の人です。先ほどの蘇軾の漢詩にもかかっています。

汐越や 鶴はぎぬれて 海涼し

汐越に立つ鶴の脛(すね)に海水に濡れていて、いかにも涼しそうだ。

汐越(しおごし)は、象潟にある潮だまりです。

曾良 祭礼

象潟や 料理何くふ 神祭

今日、象潟は神祭りの日だ。

ここでは、祭りにはどのような料理を食べるのだろうか。

蜑(あま)の家や 戸板を敷て 夕涼

海人の家では、戸板を外して地面に敷いて夕涼みをしているよ。

これは、美濃国の商人低耳(ていじ。本名宮部弥三郎)の歌。

曾良、岩植えの雎鳩(みさご)の巣を見て詠む。

曾良

波こえぬ 契ありてや 雎鳩の巣

どんな荒波でも越えてこないほどの高い岩場にミサゴの巣があるよ。

契りを交わしたミサゴの雌雄は、どんな困難でも越えていくのだろうよ。

ミサゴは、夫婦仲の睦まじさの象徴になっています。

第31話へ
<<
第33話へ
>>