奥の細道【マップ付き!分かりやすい現代語訳#26】尿前の関
登場する場所
番号と対応した地図です。東北地方の名所は頻繁に立ち寄っていることが分かります。
26『尿前の関』では、
68 岩出の郷
69 小黒ケ崎
70 美豆の小島
71 鳴子温泉
72 尿前の関跡
73 大山
74 最上町
が該当します。
原文
南部道遥にみやりて岩手の里に泊る
小黒崎みづの小島を過てなるごの湯より尿前の関にかかりて出羽の国に越んとす
此路旅人稀なる所なれば関守にあやしめられて漸として関をこす
大山をのぼつて日既暮ければ封人の家を見かけて舎を求む
三日風雨あれてよしなき山中に逗留す
蚤虱馬の尿する枕もと
あるじの云
是より出羽の国に大山を隔て道さだかならざれば道しるべの人を頼て越べき
よしを申
さらばと云て人を頼侍れば
究境の若者反脇指をよこたえ樫の杖を携て我々が先に立て行
けふこそ必あやうきめにもあふべき日なれ
と辛き思ひをなして後について行
あるじの云にたがはず高山森々として一鳥声きかず木の下闇茂りあひて夜る行がごとし
雲端につちふる心地して篠の中踏分踏分水をわたり
岩に躓て肌につめたき汗を流して最上の庄に出づ
かの案内せしをのこの云やう
此みち必不用の事有恙なうおくりまゐらせて仕合したり
とよろこびてわかれぬ
跡に聞てさへ胸とどろくのみ也
現代語訳
南部道(奥州街道北部にある南部家領地へ通じる道)を遥かに遥か先に眺め、引き返して岩出の里(岩出山ふもとの村)に泊まった。
松尾芭蕉は平泉から南方へ引き返しました。
南部は方角の意味ではなく、南部家のことを指します。南部家の領地の南限は、花巻城。つまり、現在の花巻市です。
位置関係は、花巻(南部家領地南限)が北、平泉が南です。
小黒崎(おぐろざき。岩出山にある景勝地)にある美豆の小島(みづのこじま。小黒崎西南方向の川の中にある岩島)を過ぎて、鳴子の湯(なるごのゆ。現大崎市鳴子町の鳴子温泉のこと)から尿前の関(しとまえのせき。鳴子温泉前にある)に差しかかった。
『古今和歌集』第2巻 東歌 藤原信実
『都にて 問はば答へん 小黒崎 みつの小島に つとはなくとも』
小黒崎の美豆の小島に住む人であるなら、「都への立派なお土産として、さあ一緒に行きましょう」と誘って連れて帰りたいものだ。
平泉に登場した「あねはの松」と同じような歌です。本歌取りとは違いますが、意匠は参考にしたことでしょう。
出羽国へ越えるつもりである。
この道は、旅人が利用するのが稀なので、関守に怪しまれて、やっとのことで関を越えた。
大山(おおやま。中山越なかやまごえのこと。出羽仙台街道のひとつ)を登りきった時には、日は既に落ちていた。
封人(ほうじん。国境や街道の境界を守る役人)の家と思われる所を見つけたので、宿を求めた。
それから三日間、風雨が荒れたので、仕方なく山中に逗留することとなったのであった。
蚤虱 馬の尿する 枕元
蚤(ノミ)や虱(シラミ)が跳ね回るし、飼い馬の尿の音まで枕元に聞こえてくるし。
主人曰く
「ここから出羽国へは、険しい中山越を隔てていて、道もはっきりしないから、案内人を頼んで行くほうが良いです。」
とのことであったため、
「そうならば。」
と言って、人を頼んでくれた。
やってきたのは、究境(くっきょう。力が非常に強いこと。屈強は、強情を意味する別の単語)な若者であった。
反脇指を腰に差し、樫の杖を携えて我々の前に立って歩いた。
「今日こそ、きっと危ない目に遭う日に違いない。」
と、不安な気持ちで後ろをついて行く。
主人の言葉に違わず、山は高く森は深く、鳥の声ひとつすら聞こえず、木の下闇は茂りに茂っていて、夜を歩くようであった。
王安石『鐘山の詩』の一節『一鳥不啼山更幽(一鳥鳴かず 山更に幽かなり)』の引用です
雲端に土が降るような心地がした。
少しの不安の意です。雲の端に土が降るは、深い曇天の比喩。地上では薄暗くなることからきています。
篠の中を踏み分け踏み分け、水辺を渡り、岩に躓いては肌に冷や汗をかきながら、最上の庄(現最上郡新庄町)に出た。
案内してくれた男は
「この道では必ず望まない出来事が起こる。何事も無くお送りできて良かったです。」
と言って、喜んで帰っていった。
後で聞いたとしても、胸がぞっとする峠越えであった。
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