世間胸算用【現代語訳#3伊勢海老は春のもみじ】倹約と商売の駆け引き
現代語訳
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正月の蓬莱の代用品
正月、神棚に供えるものとして、松や山草(榊のこと)があるが、昔から毎年飾り付けられているものとして蓬莱がある。
ただ、蓬莱には伊勢海老がなくては、家にあるもので間に合わせた感じが出て新春の気分にならない。
そんな伊勢海老は、その年々によって非常に高値となることがあるため、貧しい家や低予算で正月祝いに宿を借りた家などでは、伊勢海老を買わずに正月祝いを済ます。
以前、ある年に、代々が不作となった年があったのだが、この時は1個四分、五分の値段で売買されており、これでは高すぎるので、代わりに九年母で埒を明かした。
九年母は、代々に色も形もだいたい似たり寄ったりなので良かったが、伊勢海老の代わりに車海老を使うのは借り着が似合わないように、さすがに、九年母が蓬莱では不格好である。
まあ、伊勢海老に手を出せない人はこれで代用するしかないわけだが。
伊勢海老以外は家に常備してある物でまかなえますが、伊勢海老はさすがに無理です。伊勢海老があると、正月の特別感がありますよね。
持ち金に合わせた贅沢をしよう
世渡り上手で棟の高い家(金持ちの家)というのは、家が大きい分風当りが大きいわけで、相応の維持費がかかる。
家壁の修繕を渋墨色の色付け板で行うも、これは贅沢なやり方とはいえず、人目付く家壁ではあまりやりたくない。
要するに、人は身分相応の衣食住だけを楽しむべきのだ。
どのような家業であれ、親がやってきた商売方法を変えて利益を生んだ例はまれである。
とにかく、老人の指図は漏らすことなく聞くように。
どれほど利発で才覚に溢れていても、若い人の計画や予測というのは、三五の十八どころか、ばらりと違うことが多くあるのだ。
無駄な出費
さて、大坂の大節季というのは、ありとあらゆる宝(商品)品が出される市となる。
稼げる商いがないというのは寛永の飢饉が発生した60年前から言われているが、そう言われつつも、何か売れ残って捨てるという結果にはならない。
「寛永の飢饉」は、本文の通り、約60年前の1640~1643年に発生しました。
詳細は分かりませんが、これ以降、経済が停滞したのだと思われます。
一つ買えば死ぬまで使えるどころか、子孫までも譲り伝えることができる挽臼でさえも、御影山(挽臼の素材である御影石の産地)で日々採掘していて、切り尽くしてしまいそうな勢いである。それだけ、無駄に買い求める人がいるということだろう。
挽臼は長く使えるからまだ良いが、蓮葉物の端午の節句の兜や正月祝いの道具は、たった一日二日、三日程度しか使わないのに、出費が大きい。
寺から里の檀家へ贈られる礼扇に至っては、使い物にならないため、翌朝を迎える前に捨てる始末。
このように、世の中は無駄な出費が多いものだが、ここ大坂はそんな財布事情に構わず、江戸に続いて売買の活気があり、そして人の心が寛大な所である。
大坂の伊勢海老事情
大坂では、
「『銭千貫文もするから・・・』といっても、やはり伊勢海老無しで蓬莱は飾り難いな。」
と家々が買っていくものだから、これを過去に目にしたあちこちの魚屋が、12月27、28日から買い漁って店の棚に並べていた。
唐物が手に入れ難いように、次第に伊勢海老も購入困難な状況となり、ついには大晦日には伊勢海老の髭も欠片もない有様となっていた。
人々は市で買えないのなら、と “浦の苫屋の紅葉” を訪ねるものだから、年の暮れの浦では「伊勢海老は無いか。」という声ばかりがする。
原文にある「浦の苫屋の紅葉」は、
『新古今和歌集』藤原定家
「見渡せば 花も紅葉も なかりけり 浦の苫屋の 秋の夕暮れ」
から取ってきたのだと思います。
とある主人の話
大坂の備後町の真ん中あたりに、永来権兵衛という者が営む魚屋があった。
ここに一尾だけ伊勢海老があったので、客はこぞって
『一匁五分から四匁八分までなら出す。』
と望んでいたわけが、権兵衛は
「なかなかねえ、今年の品切れ必死品だから。」
といって売り渋っていた。
買い出しに行かされた使いの者にとっては自分の一存で購入を決め難い話である。
そのため、とある使いは、急いで宿に帰って主人に海老の値段が高いことを申し上げると、主人は苦々しい顔をして
「俺のこの一代で高い物は買ったことがない。どれもこれも安いうちに買い集めていた。薪は六月、綿は八月、米は新酒が作られる前、奈良晒しは毎年盆が過ぎてから翌年用に買い置きだ。年中現金払いするから、借金に追われることも無く、勝手が良いことばかりだ。この前、親父が死んだ時、棺桶1つを階に行ったわけだが、その時樽屋に担がれて高値で買ってしまったことが未だに心残りなのほどだ。伊勢海老がないからといって年を越せないことなどあるまい。よし、一尾三文まで値下がりした年にをふたつ買って、ひとつを今年の分としよう。無い物を食うと伝わる歳徳神が、今年いなかったからといって困ることはない。たとえ四匁が四分の相場に跳ね上がったとしても、そんな値段の伊勢海老など、うちには無用だ。」
と言って機嫌が悪い。
しかし、妻と息子が一緒になって反対した。
「世間(伊勢海老の値段が高騰している現状)がどうであれ、婿が初めて正月の挨拶に来るのだ。伊勢海老無しの蓬莱など出せるものか。値段など何でもよい、それを買ってくるのです。」
ということで、重ねて使いに遣ったのだが、既に今橋の道筋にある問屋の若旦那が買い取っていた。
もっとも、値段は五匁八分と非常に高値で定めていたのだが、この若旦那、
「正月の祝い物ははした金だ。やはりここで逃せば心残りだな。」
と銭五百文を払ったのである。
その後も使いの者は色々と探したが、絵に描いた伊勢海老すら目にすることは無く、これにつけて、この大坂がいかに広いかも思い知らされた。
宿に帰ってこのことを話すと、妻は後悔したような顔つきでいて、これを見て主人は笑っていた。
「その買い取ったという問屋も気がかりだな。すぐに自己破産に遭うだろう。内々の事情も知らないで、そのような問屋に金を貸した奴も夢見が悪いだろうよ。さて伊勢海老だが、蓬莱に伊勢海老がなくてはならないのなら、正月が終わっても捨てることのないような方法があるぞ。」
そうして細工職人に依頼して、ものの見事に、紅に染めた張貫の伊勢海老を完成させたのである。
費用は二匁五分で済んだ。
「正月の祝い物として片付けた後は、子供たちの遊び道具にでもなるだろうよ。智恵はこうして使うのだ。四匁八分を二匁五分で埒を明かし、しかも正月が終わってからも役に立つ。」
と主人は持論を長々と説いた。
どの人も、全くもって道理の通った話だ、とこの主人を評価し、
「これほどにまで身の上を固めた人の智恵は格別だな。」
と言い合う。
それを耳をすまして聞いていた所へ、この主人の母親が面屋へやってきた。
主人の老母の話
御歳92のご隠居であるが、まだ目が良く、足腰もしっかりしている老婆である。
「聞けば『伊勢海老が高いらしい』なんて詮索し合って。前々から買っておかないのだから当然だ、気の回らない者たちだよ。伊勢海老ごときに、うちの世帯はもっていかれはしないよ。どの年も、年越しの正月は伊勢海老は高いと心得ておくことだね。ちゃんと理由がある。数が少なく質も悪いからだよ。伊勢海老は伊勢国からやって来るわけだが、伊勢国は神国だから、伊勢の宮々、御師の家々、町中から村里に至るまでのあちこちで、日本の諸神が祀られている。海老だって何百万(八百万にかけている)と数え切れないほどいるけど、八百万の分だけ諸神に供えられるわけだ。そして毎年、海老が京や大阪へやって来るのは、この神々に供えられた後のものだから、数は少なく質も悪いんだよ。だから、このおばばはそれを考えたうえで、12月中旬に、髭も床につかないほどの生まれたての伊勢海老を2匹、四文ずつで買っておいたのさ。」
蓬莱の上に乗せるのがなぜ「伊勢」海老でないといけないのか。それは神国伊勢がきっかけだと言っています。
何百万といる海老は、まず最初に伊勢で八百万の神々に供えられ、その後にやっと京や大阪に上ってきます。つまり、年末の伊勢海老は中古品だから、数も質も年末以前の伊勢海老に劣っていると言っているのです。
皆感心して手を合わせ、
「ご隠居には1つで済みます物を、2つも買うとは贅沢なことで。」
と言った。
「わしは理由もなしに行動するようなことはしないよ。歳暮の時、いつも畑からごぼうを五把、太いなら三把持ってきてくれる人(主人のこと)がいるのじゃが、相応のお返しをするにあたって、この海老をお返ししようと思ってね。ごぼう1本一匁、つまり四文だからますます丁度良い。伊勢海老も四文じゃったからな。今、歳暮物の採算を取る時じゃ。とはいえ、いかに親子の仲とはいえ、互いの暮らしにかかる費用はきちんと清算した方がきっと良い。海老が欲しけりゃごぼう五把掘り起こして来な。この交渉が成立しようも歳暮の返しとしようも、どちらにせよごぼうに替わる伊勢海老じゃ。それに、正月祝いの蓬莱に伊勢海老が無いなら無いで良いというのは、見逃せぬ。欲心しとるわけではないがの、五節句のお返しというのは、頂いた物の値段をよくよく見積もって、同等の品に見せながらも、こちらが少し得するように計らうのじゃ。毎年、御師大夫殿からお祓い箱に鰹節を一連、水銀粉一箱、折本の暦、精進用の海苔五把を頂くのじゃが、これを細かく見定めて銀二匁八分と値踏みしていての、そこで、銀三匁の御初尾をあげて二分余らせておった。お伊勢様への勧進で損しすぎないよう、この家の30年の決め事としておったのに、お前に家督を譲ってから、銀一枚ずつあげられるまでの富を得るようになった。ただ、いくら神への信仰心があるからといって、毎度銀一枚賽銭するのは無駄じゃよ。太神宮も考えなしに賽銭する人を嬉しく思っていないようじゃ。神宮側は、たかが散銭でさえ、鳩の目錢を一貫六百文で拵えることができるようにして、伊勢参りに参拝費用がいらないように安く取り計らって来れているからの。その御厚意に反する者は面白くない。」
そうご隠居は語ったのであった。
祖母は、主人がこれまでかけさせてきた生活費分をごぼう五把で清算しようとしています。
賽銭という無駄金
さてもさても、欲があるのが世の中である。
百二十末社のなかでも、賽銭が多く投げられるのは恵比寿天、大黒天である。
宮雀(ここでは御師を卑しめて言っている)はこう声々に商い口を叩く。
「多賀神社は命神、住吉神社は船玉、出雲は縁結びの神(大国主とスセリヒメ)、鏡の宮(不明)は娘の顔を美しくする神、山王神社の総本宮日吉大社は二十一の末社を司る神(主神は大山咋命おおやまくいのみこと)、稲荷殿(伏見稲荷大社)は周りの人に身代の尾(具合のこと。祀られている狐になぞらえたか)を見られないように世間体を守る神ですぞ。さあさあ、ご利益ご利益。」
とね。
どの神もさしあたって耳寄りな神であるから、人は皆これらにこぞってお初尾(賽銭)をあげてしまう。
その他の神の前は、殊勝なまでに寂しい。
神でさえ、タダで銭儲けができない世の中なのだから、まして相手が人間ならばもっとも油断してはならない。
毎年、御師は伊勢神宮を起点として諸国の旦那回をするのだが、この時持参する祝儀状がかなり負担になるので、能筆家に手間賃を払って書かせている。
量が多いうえに、一通一文の賃銭なもんだから、能筆家は、今年の大晦日から翌年の大晦日まで書き続けるという苦行に精神をすり減らすという始末で、作業費二百文を請求する余裕は一日もない。
『神前長久民安全、御祈念のため』と祝儀状に書いてはあるが、これはただ能筆家が生活のために書いただけで、何のご利益もないのである。
まとめ
この話では、正月の蓬莱に飾る伊勢海老をめぐって、大坂の人々の暮らしぶりや商売の様子が描かれています。
年末になると伊勢海老の値段が高騰し、それでも正月の祝いには欠かせないとして買い求める人がいる一方、主人公のように高値では買わず、代用品を作らせることで費用を抑えようとする人もいました。
さらに、主人の老母は、伊勢海老が年末に高くなることを見越して早い時期に安く買っておき、贈答品のやり取りまで細かく計算しています。
物の値段や買う時期、贈り物の価値まで考える姿からは、当時の人々が日々の生活の中でどれほど細かく「算用」していたのかが分かります。
一方で、正月の祝い事や神社への賽銭など、実用性だけでは説明できない出費も登場します。
人々が縁起や世間体を気にしてお金を使う様子と、それを少しでも節約しようとする人々の姿が対照的に描かれている点が、この話の面白いところです。
この話は、伊勢海老をめぐる一つの騒動を通して、江戸時代の大坂で暮らす人々の商売、贈答、正月行事、信仰、そしてお金に対する細かな感覚を生き生きと描いた話といえるでしょう。
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