三善清行 平安
延喜4年(914年)に醍醐天皇に提出された政治意見書。平安末期の社会情勢と律令制の崩壊を知ることができる。
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現代語訳
身分不相応な贅沢の禁止を求めます。
為政者の贅沢三昧
百済の聖明王の御時、王は節約と倹約を尊び、贅沢に満ち溢れた生活を禁じました。王でありながら洗濯した衣服を身につけ、粗末な食事をしていました。大昔のこととはいえ賞賛に値すると同時に、泰平の世の手本といえます。
しかし今、乱れた風習が次第に浸透し、今の王は聖明王のような振る舞いを行っていません。多くの官僚、側室に侍る女官、権力者の子や弟、これ皆、京で働かずに遊び暮らす輩であります。衣服や飲食の贅沢さ、饗応の費用は日に日に贅沢で派手になっており、彼らはその限界を知りません。
今、このような振る舞いの一部を挙げ、事実を並べましょう。
私は貞観(859-877)、元慶(877-885)年間の親王や公卿の生活について調べました。
皆、筑紫産の絹を汗衫に用いたり、晒して表袴にしたりしており、また、東国産のあしぎぬをしとうずに用いたり、染めて履裏に用いたりしていました。しかし、今の多くの役人は身分に関わらず皆、白縑を汗衫に用いたり、白絹を表袴に用いたり、白綾をしとうずに用いたり、兎褐を履裏に用いたりしています。
侍女に至るまでの女性は、正装の裳には唐の斉紈を用い、衣には唐の越綾を用いています。
袖を紅に染めると、その費用は万銭に値し、練衣をたたくと、それに用いるきぬたが壊れてしまいます(手間がかかる→費用がかさむ)。それ以外の贅沢は詳述することができません。
古の聖人の節度
昔、孔子の弟子、季路は綿入りの着物を来ており、この狐と狢の皮で作られた美しい服を恥じませんでした。同じく孔子の弟子、原憲は粗末な家に住んでおり、四頭の馬で引く馬車に乗るような栄華さを蔑むような卑しい者と同じような生活でした。賢くて才知の優れた両者の考えは、凡人の良いと考えることとは異なります。互いに互いの志があるのです。
そのことを理解せず、凡人は凡人同士で、驕り高ぶる様子を見て、互いに真似し合いながら競い、質素倹約に過ごす様子を見て互いに嘲笑い合います。季路や原憲のような心が豊かな者は志を持つことを誇りに思い、凡人のような心が貧しい者はそれに及ばないことを恥じるのです。
心が貧しいため、ひと揃えの衣服を作って生涯破産したり、僅かな間食事を設けて数年分の財産を消費したりしているのです。雑草が茂るまで荒れた田畝が盗賊の悪い心を掻き立てるように、乱れた社会が彼らの悪い心を掻き立てるのです。
述べたような彼らの振る舞いを禁じないため、私は、天皇がお持ちの道徳心が損なわれるのではないかと恐れています。
意見申し上げる
恐れながら希求します。人格に従って衣服の制限を設けることを。検非違使に命じて、その乱れを正させるのです。また、宴会の制度においては、頻繁に格式を拡散し、法を認知させます。この法は、上の者が法を破り、下の者に法を破るよう働きかけます。重く望みます。検非違使に対し、先程述べた制度を拡大させるよう命じるのです。
また、追福追善の制度と死者の装飾のための費用について、これは、位階に従って儀式や作法の範囲を決めます。天皇の臣下より下の身分の者が対象で、庶民も含まれます。
近年、喪中の家々は四十九日の講義、一周忌の法会で盛大に食事を提供するせいで財産を減らしています。一度の食事は一畳の部屋に収まることなく高く積み上がり、僧一人は儲けとして千金が積み重なっています。ある者は家を借りて欲しいと乞い、ある者は家を売っています。親孝行な子供はついに借金から逃げ出し亡命者となります。幼い狐が放浪して餓死するかの如く。
愛情たくさんに育てられた者の中に、父母の示した徳(=愛情)を慕い、恩返しする気持ちを持たない者がいましょうか、いや、いません。しかしながら、このような、人のためになる行いを修めるには基準があるほうがよいです。
述べたような子供の場合、親の悪行が原因で不幸になりかねません。ああ、子孫が破産するのを待っているというのに、父や祖先が得た結果を約束することができましょうか、いや、できません。まして、物忌みの家が来客のために更に食事を準備することなどもってのほかです。酒盃を交わし合う様子は、あたかも宴会を開いているようです。
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単語帳
奢侈(しゃし) | 身分不相応な(度が過ぎた)贅沢をすること |
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節倹 | 節約と倹約 |
聖明王 | 欽明天皇治世の百済国の王。日本列島に仏教を伝えたとされる。 |
盈 | 満ちること |
澣濯(かんたく) | 洗濯のこと |
蔬糲(それい) | 粗末な食事 |
往古 | 大昔 |
称美 | 褒め称えること。賞賛。 |
明時(めいじ) | 泰平の世。「あかとき」と読めば、夜明けの意。 |
澆風(ぎょうふう) | 風習 |
嬪御(ひんぎょ) | 女官 |
媵妾(ようしょう) | 身分の高い側室。媵は唐において、身分の高い愛妾として表現された。 |
権貴(けんき) | 権力を持つ、尊い存在 |
浮食 | 労働せずに生活すること |
侈靡(しび) | 贅沢で派手なこと |
紀極(ききょく) | 極限 |
筑紫 | 奈良時代、絹の生産地であった |
汗衫(かざみ) | 夏に着る着物 |
表袴(うえのはかま) | 男子の正装である束帯と合わせて着用する袴 |
東絁(あずまのあしぎぬ) | 東国産の絁(つむぎ)のこと。柔らかい織物で、平凡な品物であった。 |
襪(しとうず) | 絹などで作られた靴下で、指の股のない足袋のようなもの。 |
諸司 | 多くの役人 |
史生(しじょう) | 下級文官。日照り参照 |
白縑(しらかとり) | 固く縫った絹織物で、高級品。絁に対する語。 |
白綾(しらあや) | 白絹で作られた綾織物 |
兎褐(とかち) | 兎毛を織り込んだ織物。 |
侍婢(じひ) | 侍女 |
斉紈(せいがん) | 唐が産地の白絹。 |
越綾 | 唐が産地の白絹。 |
裳 | 袿などの上から着用した衣服。下半身に着用した。 |
紅袖(こうしゅう) | 紅の袖 |
練衣(れんい) | 柔らかく、光沢のある絹織物である練絹(練絹)を用いて作られた衣 |
擣(つク) | たたくの意。練絹の製作において、練絹をたたく過程がある。 |
砧(きぬた) | 布を柔らかくしたり光沢を出したりするために用いられた棒 |
奢靡(しゃび) | 身分不相応な贅沢 |
自余 | それ以外 |
具陳(ぐちん) | 詳述すること |
季路 | またの名を子路。孔子の弟子の名前。 |
縕袍(おんぼう) | 綿を入れた着物 |
狐狢(こかく) | 狐(きつね)と狢(むじな) |
原憲(げんけん) | 孔子の弟子の名前。 |
藜(あかざ) | 一年草の植物。粗末なものの例えに用いられることが多い。 |
駟蓋(しがい) | 四頭の馬で引く馬車 |
栄暉 | 花が咲き誇る様子 |
賢哲 | 賢くて、才知が優れている人 |
庸人 | 凡人 |
克念 | 良く思うこと |
僭差(せんさ) | 限度を超えて驕り高ぶること |
放効 | 真似すること |
逓 | 互いに。次第に。 |
逞志(たくし) | 志を持つこと。 |
一領 | ひと揃え |
荒蕪(こうぶ) | 田畑が荒れて雑草が茂ること |
滋起 | 掻き立てる |
追福 | 死者を弔うこと。 |
餝終(しょくしゅう) | 死体を弔うために衣服や付属品で装飾すること |
式法 | 儀式と作法 |
喪家(そうか) | 喪中の家 |
講筵(こうえん) | 講義のこと |
七七日 | 四十九日のこと |
周闋(しゅうけつ) | 一周忌 |
斎供 | 法会の際に食事を出すこと |
孝子 | 親孝行をする子供 |
逋人(ほじん) | 亡命する人 |
流冗(りゅうじょう) | 放浪すること |
餓殍(がひょう) | 餓死者の死体 |
顧復(こふく) | 愛情を持って育てること |
撫育(ぶいく) | 顧復に同じ |
追遠 | 親、先祖の徳を慕い、長い間心に持つこと。論語より。 |
功徳(くどく) | 人のためになる行い |
章程 | 規則 |
期(きスル) | 約束する |
修斎(しゅうさい) | 物忌み |
献酬(けんしゅう) | 酒盃を交わすこと |
宛 | あたかも |
匍匐(ほふく) | 腹這いの状態になること |
酣酔(かんすい) | しっかり酔うこと |
道場 | 仏道修行のために設けられた施設 |
僭濫(せんらん) | 身分を超えて権限などを乱用すること |
牧 | 牛馬を育てる牧場が全国に71箇所存在した。大宝律令の厩牧令による。 |
貧道 | 修行に乏しい者 |
僧綱(そうごう) | 洪水参照 |
聴衆(ちょうじゅ) | 法会などで、購読を聞く僧 |
淮(わい) | 河 |
差忒(さとく) | 誤っていること |
卿相(けいしょう) | 天皇の政治を補佐する人 |