分国法とは??
分国法とは、戦国時代に大名が定めた、各々の領地にのみ適用された法律のことを指します。基本的に、どの分国法も訴訟関係の法が中心となっています。
日本という国家を維持しながら独自の自治を展開した戦国時代特有の現象です。
- 相良氏法度
- 塵芥集
- 早雲寺殿二十一箇条
- 六角氏式目
- 朝倉孝景条々
前書き~第20条
前書き
せんゝゝのせいはいにおゐてハ、りひをたゝすにをよハす、いまよりのちハこの状をあひまもり、他事にましハるへからす、
さまざまな成敗においては、理非を正すことが第一である。それに及ぶものはない。
今後は、この状を守り、ほかの事柄を加えてはならない。
第一条
一じんじやの事
さいれゐの事ハ、年のゆたかなるにも、あしき年にも、ましおとりなく、かれゐにまかせ、これをつとむへし、
神社のこと。
祭礼は、その年が豊作であっても、不作であっても、増やしたり減らしたりせず、嘉例に任せて、勤めるべきである。
第二条
一村さとよりハ、せんきのことく、まつりのものふさたなきに、しんしよくかのてんぐをむさふり、をこたりをなすに付てハ、はやくかのしよくをあらたむへき也、
村や里では、先規(これまで)通り、祭りに不沙汰が無いようにすること。神職が汚職したり、怠慢したりした場合は、速やかにその職を罷免すること。
第三条
一さうゑいの事、じんりやうをふさけ候ハゝ、へつたうかんぬししゆりをなすへし、ふさたにいたつてハ、はやくかのしよくをあらためかへへし、たゝしたいはのときハ、しきによるへし、若又しんりやうなくは、そのやしろのへつたうかんぬしのやくとして、くわんしんをもつてしゆりをなすへし、なを事ならすハ、しさいをひろうのうへ、かうりよく有へき也
造営のこと。神領に破損がみられる場合は、別当、神主が修理を行うこと。不沙汰(修理しない)場合は、速やかにその職を改め交代させること。ただし、破損が酷い場合は、時宜による。
もし神領が無い場合は、その神社の別当、神主の職務として、勧進によって修理を行うこと。
それでもなお事が解決しない場合は、子細を詳しく披露(調査)したうえで、他の扶助を求めること。
第四条
一しんりやうのひやくしやう、けんもんのいをかり、ねんくしよたうよくりうせしめは、せいはいをくわふへきなり、
神領の百姓が、権門の威を借りて、年貢や所当(所定の負担)を抑留(流用や横領)した場合には、成敗を加える。
第五条
一しんぼくの事、さうゑいに付てきらは、是非におよハす、しふんようゝゝとして・きり取うる事、さいくわたるへし、かいて又つミをおなしくすへし、
神木のこと。
造営のために切る必要があるのなら、是非に及ばず(論じるまでもない)。ただ、私用のために切り取るのは、罪を科すに相当する。それを買った者も、同罪である。
第六条
一しんしやにつくるしよたいの事、ときの別たうかんぬしミたりにうるへからす、うりてかいて共にもつてさいくわたるへし、又きしんいたすしそん、かのしよたいけいばうせしめ、いらんにをよふへからす、
神社に属する所帯(世帯、共同体)のこと。別当、神主はみだりに売ってはならない。
売り手も買い手も共に罪科に処す。
また、寄進された子孫については、その所帯を得ようと争い、違乱(混乱)を引き起こしてはならない。
第七条
一さいれゐのとうやく、たいくわんをもつてあひつとむへからす、しゆとちう、かんぬし、ねき、そのほかとうせん、
祭礼の当役については、代官にこれを勤めさせてはならない。守護当主、神主、禰宜、そのほか、任じられた者がこれを務めるべきである。
第八条
一ばう寺の事
寺家のしゆりふつし等の事、しんしやのさたにおなし、
坊寺のこと。寺家の修理、仏事は、神社の場合と同様とする。
第九条
一ちうちしきハししやうまかせたるへし、たゝしもんたうあらは、ときのしゆこしよへひろうのうへ、その是非にしたかふへし、
住持職(じゅうじしょく。住職の正式名称)の任命は、師匠に任せるべきである。ただし、問題が生じた場合には、時の守護所に披露(届け出)したうえで、その判断に従うべきである。
第十条
一ちうちしきさたまらさるいせん、ししやうさうせいのあとの事、かつハその人のきりやうにより、かつうハしゆこのはからいたるへき也
住持職がまだ定まらない間に、師匠が早世した場合、後のことは、その人の力量かつ守護の判断によるべきである。
第十一条
一出家のてしそくになる事、そのししやうにいとまをこハさるともから、かくこいたすへからす、又そのしうていをあらため、たしうになる事とうせん、つきにひくにのさたもかくのことし、
出家した弟子が俗世に戻る(還俗)することについて。師匠に暇を乞わず還俗した輩には、格護(援助)してはならない。
また、住定(所属)を改め、他宗に改宗することも許さない。次。比丘尼も同様である。
第十二条
一しゆつけ所へ、をんないて入あるへからす、たゝしともんのけにんしきハ、きんせいにあたハす、
出家した者の居所に、女を連れて入ってはならない。ただし、同門の人識(家人や認識ある者=近親者)については、女人禁制には当たらない。
第十三条
一出家たるの人、かたなさすへからす、
出家した者は、刀を帯びてはならない。
第十四条
一しりやうの事、わたくしのこんりうのところは、たんなまかせたるへし、くはうしよ、其外さしいてたるてらへきしんの地の事、ほんぬしのしそん、せんそのきしんのちなるよし申、とりかへすへからす、時のちうちちかいめあらは、彼子細をひろうせしむへきなり、
寺領のこと。私的に建立された寺院の所属は、檀那(施主)に任せること。
また、官所?や、その他指定された寺へ寄進された土地について。
本主(寄進前の本来の持ち主)の子孫は、「先祖が寄進した土地である。」と申し立てて、取り返してはならない。
ただし、その時の住持に違い目(疑い)があるがある場合は、その詳細を披露(調査)させるべきである。
第十五条
一せんゝゝよりのしりやう、ときのちうちミたりにこきやくせしむる事、よのしよたいはいとくせしめ、かれハわたくしにはいとくのよし申、そくゑんのともから、又ハてうあひの人にゆつる事あるへからす、たゝしせんゝゝのしりやうにてを付す、ときのちうちふくゆうのうへ・かいちをいかほといたし候とも、そのぬしのまゝたるへし、たんなのけいはうあるへからさるなり、
代々伝わってきた寺領について。それを時の住持がみだりに沽却(こきゃく。売却)してはならない。そうすると、世の中の所帯は買得状態となってしまう。これは、私的な買得を防ぐためである。
俗縁(出家前の親族、縁者)の輩や寵愛の人に譲ることがあってはならない。
ただし、先祖代々の寺領に手を付けず、時の住持が福裕(よいこと)と判断して開かれた土地(開地。かいち)は、何をしようがその所有は本主のままであるべきであり、檀那が所有権を競望してはならない。
第十六条
一せつかいのとかの事
右、人をころすかうりよくのやから、たちとりいたし候ハゝ、とうさいたるへし、しかるにかのかうりよくにん、そのとかをまぬかれんために、ほんにんをうち、まかりいて候ハゝ、ゆうめんあるへし、又たちとりいたさす候とも、本仁にあひかハり、とりたはねをなすやからのさいくわ、ほんにんのことくたるへき也、
殺害の罪について。
人を殺す時に加担した輩に関して。その者らが太刀を手にして加担した場合、殺害した人と同罪とする。
ただし、罪を免れようとして、殺害した人を殺して立ち去った場合は、宥免(ゆうめん。大目に見ること)となるか。
また、太刀を手にしなかったとしても、本仁(当人)に代わって相手を取り押さえた場合、その者の罪科は、当人と同罪とする。
第十七条
一かけむかいにて、人をまち、うたれたるやから、またれてうたるゝといひ、人をまちたるものくちなしにうち、またれたるにしふんのはたらきをもつて、まちてをうつなといひ、もんたうに及候ハゝ、相たかいのししやうを尋へし、ししやうなくハ、うたれ候かたのりうんたるへきなり
掛け向かい(二人だけで会うこと)の状況(要するに、他に目撃者がいない状況)において、人を待っていながら討たれた(ここでは敗北の意味合いが強い)場合、待ち伏せされた人(要するに勝った人)は
「待ち伏せされたから討った。」
と言うが、逆に待っていた人は
「待っていただけで、口実もなく討つなど、私憤によるものだ。それで待つ側を討つのは道理に合わない。」
と言う。
このように問答に及んだ場合、互いの支証(裏付けとなる証拠)を尋ねるべきである。支証が無い場合は、討たれた側の理運(道理に適っている)と判断すべきである。
第十八条
一人のひくわんいけ人をころし、其則ちくてん候はゝ、しうにんにとかをかけへからす、たゝししうにん、せつかいにんをきよようにおゐてハ、とうさいたるへし、又くたんのとかにん、しうにんかくこのよし、てきにんあひさゝへる事あり、そのたうさならは、しうにん・さい所をさかさせへし、然にのちの日これを聞、そのしう人きよようのよし申いつるのとき、せうこまきれなくハ、まへにのするかことし、・又敵人のさゝへ候事せうこなくハ、しうにんのとかあるへからさる也、たゝし又しうにんのいこんあるのあひた、ひくわんそのいきとをりをとけんために、人をころしちくてんのうへ、しうにん相しらすといふとも、そのとかをのかれかたし、然にかのとかにんを、しうにんしやうかいさせ、まかりいて候ハゝ、いせんのとかをゆるすへきなり、
被官(地位の高い者に隷属する従者や農民)以下の者が人を殺し、その場で逐電した場合は、主人に罪を課してはならない。ただし、主人がその殺害者を許容(匿う)した場合は、殺害人と同罪とする。
また、前述の罪人(殺害に関する罪人)を、主人は「匿っていない」と、敵対者は「匿っている」と、訴えることがある。それが目の前で行われていた場合、主人に裁処(裁判所)を探させること。その後日に改めて話を聞き、それでも主人が「匿っていない」と申し立てた場合、証拠に欠けるなら、前に定めた通り(第17条)の裁定とする(主人は殺した側の扱い)。
同様に、敵対者が「匿っている」と訴えても証拠が無いのなら、主人に罪を科してはならない。
ただし、主人に遺恨(ここでは、心残り)があって、被官の怒りを鎮めようとして、その間に匿っていた殺害人を逐電した場合、その後、主人が「匿ったが何事か知らなかった。殺害していたとは知らなかった」と言ったとしても、その罪を免れることはできない。
しかし、主人がその殺害人を生害(自害)させ、主人が出頭させた場合には、前の罪を許すこととする。
第十九条
一とかにん命をまぬかれんため、人の在所へはしりいらは、かの在所のぬし、はやくをひいたし候へき也、もしをひいたすにをよはすハ、さいしよのうちをさかさせへき也、同はうてらへはしり入事、かくこあるへからさる也、
罪人が命助かろうとして人のいる所へ走り入った場合、その在所の主は、速やかに追い出すこと。もし追い出さなかった場合は、その在所内を人を遣って捜索させること。
同様に、坊寺へ走り入ったとしても、格護してはならない。
第二十条
一けんくわこうろん鬪諍のうへ、りひひろうにあたハす、わたくしに人の在所へさしかくる事、たとひしこくのたうりたりといふとも、さしかけ候かたのをつとたるへし、
喧嘩、口論、闘争の結果、理非を明らかにしないまま、私的にその人のいる所へ差し向かうことは、たとえ至極当然な理由があるとしても、差し向かった側の越度(おちど。過失)とする。












