感想
明治・大正期の文学は新旧社会体制の対比として描かれている作品が多く存在します。全く異なるテーマの作品であってもシーンの一つとして「時代が変わった」と思わせるような描写があるのがこの時期の文学の特徴です。
戯曲『父帰る』では、一般に身近な「家庭」をテーマとしているため人気を博したのも一因と思われますが、この作品が評価されているのは社会の変化を絶妙に捉えているためではないかと私は感じました。
以下考察です。
考察
『父帰る』が評価されているのは2つの要因があるのではないかと考えます。
- 新旧社会体制の相違を捉えている点
- 「家庭」という身近なテーマを取り上げた点
新旧社会体制の相違を捉えている点
長男という立場の変化
長男というと、封建社会では家を継ぐ者として英才教育をはじめとし、次男三男よりも特別な扱いを受けることが普通でした。残された下の兄弟たちは家を離れて職を求めたり、他家に嫁いだりしていました。
『父帰る』の場合、長男の賢一郎は中学を出ていないことから高等文官の受験資格を失っています。対して弟は非常に優秀です。
賢一郎をみると長男という社会的上位者の立場がまるっきり変わっていることが分かります。幼少期は父が家を出た事が原因で非常に貧しい生活を送っており、賢一郎が父に代わって一家を支えていました。
分かりやすくすると、下のような構図になると考えます。
長男であっても、経済的に立場が弱い者は社会的身分も低い
↑↓
長男でなくとも、収入を得ることが出来る者が家庭の代表者的立場ととなる
現在は、弟のほうが稼ぎがあるので、弟が最も立場が上だということになりますが、幼少期から兄が一家を支えてきたことを考えると、兄が一家の代表者でしょう。また、そのような兄に対して恩を仇で返すようなことは弟はしません。
つまり、社会の変化、それに基づくバックグラウンドが、登場人物たち(特に父と長男)の感情の相違を、葛藤を生んでいると思います。
母と長男
常にお金に苦しまされた長男賢一郎。そんな彼と母とでも「妹の結婚相手」の話から価値観の違いがみられます。
妹の結婚相手はお金持ちであることが分かっており、このことから人に大事なものは何か意見を言い合う場面があります。
| 母 | 父の道楽趣味でお金に懲りた →人間性を重視 |
|---|---|
| 賢一郎 | 父の道楽趣味のせいで苦労した →経済力を重視 |
賢一郎は妹も苦労したから嫁入りの時でも無理してお金を積んであげたいと願いますが、母は少しで十分と言います。お金がなくて一家が苦労したことを賢一郎は悪かったと思っているのです。
この根本的な原因は父なので、自然父への憎しみにつながっています。
父と子
父が帰ってきてから、賢一郎はその道楽趣味のせいで一家が苦労したと激昂します。生みの親である父親は、血のつながりがあるとはいえ、この家庭では父親としての立場は無いと言い張るのです。これは「収入がある者が一家を支え、一家の代表者的立場」に該当します。
父は家庭を放棄した以上、一家の代表者ですらありません。しかし、帰ってきた父は自分を敬うような振る舞いをしました。その理由は以下の2つが考えられます。
- 「父」という家庭内での地位は如何なる理由があれ不動のものだと思っていたか
- 去り際の様子から、家庭内での接し方が分からず大きな態度で出てしまったか
どらも考えられます。個人的には、②のために①のように振舞ったのではないかと考えます。つまり、家庭内での接し方が分からず、父らしい威厳を見せるようにふるまったと思うのです。
「旧体制の認識が依然父の認識の中にあった」ということを踏まえて読み取りました。
そのような旧社会的な父と、新社会に振り回された長男とでは非常に深い確執が生まれるのは無理の無い話です。
「父と長男」の対立の次は「長男と次男」で意見が割れます。
| 長男(賢一郎) | 一家を不幸に陥れた極悪人として |
|---|---|
| 次男(新二郎) | あくまでも父として |
賢一郎は、帰る地を求めてきた父の詫びや次男の説得から葛藤します。
この年寄を、父として受け入れるか、私的な犯罪者と認定するか。当然、法的には裁けません。賢一郎の私情で、一家の現代表者として、父を裁こうとしているのです。
最後の場面
最後は父が家を去った後、二人が父を探しに行くのですが、この行動から、賢一郎は父を受け入れたのだと思います。
その後見つかったのか否か、わからないまま終わらせたのは物語に余韻を残すためでしょう。結末をあえて見せない手法かと思われました。
「家庭」という身近なテーマを取り上げた点
『父帰る』は戯曲で、一般人向けに作られた創作物になります。
最も身近なテーマはやはり「家庭」です。
この舞台設定が人気を博した理由であると思います。
まとめ
所見だと、何となくよく分からない作品という印象を受けるでしょう。私もそうでした。しかし、一か所一か所を細かく見ていくと、様々な構造に気づくことができたのです。歴史そして人間性への理解力が格段に上がり、むしろ非常に面白い作品だと気付かされましたね。これをすぐに高く評価した文人はすごいと思います。
父と子の対立や新旧社会制度の相違といった対比構造、それに加えて家族の人としての群像劇が加わったことで物語が複層的に広がっているため、高く評価されているか
『父帰る』は舞台設定が「家庭」であり、一般聴衆向けに作られたため、人気になったか
参考
小林和子2007『日本の作家100人 菊池寛-人と文学』 215-226頁 勉誠社
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